2009年9月27日日曜日

「TOEFL・TOEICと日本人の英語力―資格主義から実力主義へ」


素人床屋談義の対象になりやすい日本人と英語というテーマについて、真正面から取り組んだ本。指摘のほとんどは定量的データに基づいており、著者の深い学識と知性を感じさせる。よくマスメディアで報じられるTOEIC平均点の国際評価が、統計的にはほとんど意味を持たないことや、文法の比重を落とし英会話中心の教育を行った結果、学生のリスニング能力が実際には低下してしまったという事実などを、きわめて説得力のあるデータと論証で述べてゆく。

これらの内容は私には当たり前すぎるので、詳しくはまあ読んでもらうとして、なによりこの著者の生き方が私には興味深い。

NHKの英語番組でも有名なこの人は、ほぼ日本初のバイリンギャル・アイドルとして知られている。1970年前後にブレイクしたが(アポロ月着陸の時の同時通訳をやったとの噂)、チヤホヤに有頂天になることなく研鑽を積み、今はまともな大学教授となっている。昔はさぞかしと思わせる美貌の持ち主だ。

「クロスロードカフェ」を見ていた人は気づいただろう。鳥飼教授があえて、なまりの強い英語をしゃべる人たちを登場させていたことを。 World Englishes ―――鳥飼教授の英語観はこの言葉に集約されている。世界語としての英語。世界語であるがゆえに、意志を十分正確に伝えられる限りにおいて、地域ごとの違いは許容されなければならない。

私は思う。中学生の時以来、彼女にとって英語は、自分の優越感の源だっただろう。アメリカに留学した頃は、「アメリカ人のようにしゃべる」ことが目標だったに違いない。自分の優越感を固定するには、アメリカ英語を頂点としたピラミッドを受容し、その中上位に自分を置きさえすればよかった。しかし彼女は結局そうはしなかったのだ。

World Englishes 。その思想を受け入れることは、彼女に今まで優越感を与えてくれた上下の秩序を、自ら捨て去ることを意味する。自己否定の荒野の中で、そのような美しい理想に到達しえた彼女を、私は人間として尊敬したい。私に言わせればこの本は、行間にそういう人間ドラマを感じつつ読むのが正しい。
(本稿初出 2004/06/03)

★★★★★ TOEFL・TOEICと日本人の英語力―資格主義から実力主義へ
  • 鳥飼玖美子
  • 講談社現代新書
  • 2002

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