これらの内容は私には当たり前すぎるので、詳しくはまあ読んでもらうとして、なによりこの著者の生き方が私には興味深い。
NHKの英語番組でも有名なこの人は、ほぼ日本初のバイリンギャル・アイドルとして知られている。1970年前後にブレイクしたが(アポロ月着陸の時の同時通訳をやったとの噂)、チヤホヤに有頂天になることなく研鑽を積み、今はまともな大学教授となっている。昔はさぞかしと思わせる美貌の持ち主だ。
「クロスロードカフェ」を見ていた人は気づいただろう。鳥飼教授があえて、なまりの強い英語をしゃべる人たちを登場させていたことを。 World Englishes ―――鳥飼教授の英語観はこの言葉に集約されている。世界語としての英語。世界語であるがゆえに、意志を十分正確に伝えられる限りにおいて、地域ごとの違いは許容されなければならない。
私は思う。中学生の時以来、彼女にとって英語は、自分の優越感の源だっただろう。アメリカに留学した頃は、「アメリカ人のようにしゃべる」ことが目標だったに違いない。自分の優越感を固定するには、アメリカ英語を頂点としたピラミッドを受容し、その中上位に自分を置きさえすればよかった。しかし彼女は結局そうはしなかったのだ。
World Englishes 。その思想を受け入れることは、彼女に今まで優越感を与えてくれた上下の秩序を、自ら捨て去ることを意味する。自己否定の荒野の中で、そのような美しい理想に到達しえた彼女を、私は人間として尊敬したい。私に言わせればこの本は、行間にそういう人間ドラマを感じつつ読むのが正しい。
(本稿初出 2004/06/03)
★★★★★ TOEFL・TOEICと日本人の英語力―資格主義から実力主義へ
- 鳥飼玖美子
- 講談社現代新書
- 2002
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