2014年8月31日日曜日

「ブラックジャックによろしく」

大学病院での研修医の葛藤の日々を描いた漫画。著者の佐藤秀峰氏はなかなかこだわりのある人のようで、本書はKindleで全巻無料で読める。第6回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞という賞をもらったらしい。

この漫画の主人公は、「白い巨塔」の里見のような男で、病院の社会的使命のようなものとは無関係に、「患者ひとりひとりに向き合う」ことを志向する。こだわりの男だ。末期癌の患者に対して、大学側に緩和ケアを持ち出すところなどはフジテレビ版白い巨塔と完全に同じだ。

緩和ケアという発想自体はよい。問題は、それを大学病院で行うことが、社会全体の利益を最大にする選択かどうかということである。これはまさにトリアージの問題である。そもそも、「ひとりひとりに向き合う」などと言ってみたとしても、実質的には、無数の患者に順番をつけ、最初の「ひとり」を選んでいることと変わりない。選ばれなかった者からすれば、そこに合理的な理由は何もない。つまりそれは、自分が関係を結んだ患者だけを救うと言っているのと同じであり、親族に富を山分けする田舎の政治家と変わらない。自分が関わった患者だけしか救えないのだとしたら、確実に助かる患者を助ける、というのが当然の発想であり、その努力を放擲してひたすら独白にふける主人公は社会的には役立たずと言われても仕方ない。そのような自己満足を肯定的に描く著者のセンスはまったく救いがたい。

百歩譲って、そういう志向も多様な人物像の描写として認めるとしても、最後の精神医療の話には言い訳の余地はない。著者はおそらく、アルコール中毒を装い精神病院に潜入、その実態を描いて有名になった大熊一夫のルポまたはその要約を読み、その設定を借用したのだろう。その時代、1970年の頃の話だが、精神医療に多くの課題があったことは事実だ。ルポが描く精神病院は暗黒の牢獄の如しで、それが一面の真実であったことは確かである。

しかしこのルポが出た当時と今では精神病の治療技術はまったく変わっている。いまや急性症状の多くは薬物治療で抑えることが可能であり、一部の人格障害等を除けば、精神病の多くは制御可能なものである。脳内伝達物質の研究が劇的に進展したからである。本書で患者の人権蹂躙の象徴のように描かれている電気痙攣療法さえ、いまや薬物治療が効かない場合の良心的かつ適切な治療として確立している。

何より問題なのは、精神障害者の犯罪について、まったくでたらめな、被「差別」者を扇動するためのプロパガンダによく使われる論法をそのまま使っていることだ。精神病患者は健常者よりはるかに犯罪性向が低い、と作中の新聞記者に言わせるくだりがそれである。以前書いた文章から引用する。
一般的に、統合失調症(精神分裂病)の発症率は、国によらずほぼ一定で、1%程度であるとされている(出典)。そうして、刑法犯総数のうち精神分裂病患者の数は0.1%程度である(p.127)。これによれば、精神病患者は健常者よりはるかに犯罪性向が低い、と言える。これは今なお、精神障害者への「偏見」を戒めるロジックとして使われる。「しかし、殺人や放火などの重大な犯罪では一般よりも高くなる」(同)。本書によれば、やや古いデータであるが、1979から1981の3年間の殺人事件5113件のうち、333件が精神障害者によるものとされている。率にして6.5%である。放火の場合はもっと高い割合となることが知られているから、精神障害者が殺人や放火などの重大犯罪を犯す確率は健常者の10倍程度である、という結論が導かれる。

これも以前書いたことだが、精神病患者の大多数は善良な人々であるが、こと「急性期」の患者には、その症状がゆえの触法行為を犯さぬよう強い助けが必要である。そこには警察による強制力が必要な場合もあるし、閉鎖病棟が必要な場合もある。病棟を解放することが患者の「人権」を守るための最善の手段であるかのように描く著者の理解は、ほとんど半世紀前の反体制活動家のそれと変わらない。精神障害者が殺人や放火などの重大犯罪を犯す確率は健常者の10倍程度、という事実をまず受け止めて、その上で双方が最大限幸福になる方法を取るのが為政者の役目である。

この本は、まともな出版社から出され、まともだとの評判を得ている本の中では、私の知る限り最悪の本である。取材の不足は目を覆うばかりであり、描かれる人物像の貧困は耐えがたい。この本を読んで肯定的に感動している人がいたら、自分の知的水準を疑ったほうがいい。


ブラックジャックによろしく 1~13 [Kindle版]
  • 佐藤 秀峰 (著)
  • フォーマット: Kindle版....
  • 販売: Amazon Services International, Inc..
  • 言語: 日本語

2014年8月1日金曜日

蛇腹つき延長シャワーヘッド(Waterpik NML-603(S) Linea 6-Mode Showerhead)


米国のホテルに滞在したことのある人は、風呂の使いにくさに頭を抱えたことだろう。圧力バランス弁(pressure balanced valve)というらしいが、最初に水が出て、反時計回りに回しきると熱いお湯が出てくるタイプのシャワー用ハンドル(下写真: American Standard社のWebサイトより)がほぼ全てのホテルで標準である。湯と水のハンドルが分離されてない。これはいくつかの点で日本人には非常に抵抗がある。

おそらく、違和感の根本は、湯を「いきなり」身体に当てるという点にあるのだと思う。シャワーヘッドは高い位置に固定されているので、蛇口から出るお湯をシャワーに切り替えた瞬間、頭上から水が降ってくる。日本式のホースの付いたシャワーであれば、普通の人はまずは手でお湯を受け、温度を確かめてから腕や脚などにお湯をかけつつ、胴体にお湯をかける。頭にいきなりお湯を当てる、というのは、真夏の行水でもなければ、日本人の入浴文化にはなじみが薄い気がする。

この圧力バランス弁というやつの使用感も不思議だ。日本人的な感覚では、ハンドルを回すと水量が増えるイメージがあるのだが、これはPressure-balancedの言葉通り、ほぼ水量が変わらない。これはどうやら、アメリカのボイラー文化の歴史的経緯によるらしい。Wikipediaによれば、アメリカにおいては、いくつかの地域で、この湯水一体式の蛇口が、Building Codeなる法律で義務付けられているらしい。これはおそらく、エレクトロニクス時代の以前、ボイラーの温度調節が簡単でなかった時代の遺物だと思われる。アメリカの不動産屋に聞いたところでは、アメリカのセントラルヒーティングの歴史はほとんど100年にもなる。100年前に、熱湯による火傷から人々を救うための最新のテクノロジーだったのだろう。

日本の場合、水と湯が分離した2つのハンドルが備えられていて、当然だが、湯の蛇口からは熱湯が出る。水と湯を混ぜることで好みの温度にする。熱湯が出る可能性があるのは確かに危険なのだが、シャワーヘッドは固定されているわけではないので、当然、シャワーヘッドを手で持ち、自分で安全を確認してシャワーを使うことが想定されている。つまり、システム上は最適化されていないのだが、各人がマニュアルで最適化するわけである。

対してアメリカでは、人間による最適化が基本想定されておらず、水から始まり湯にいたる特殊な弁が使われている。Wikipediaによれば、よそで水を使っていて水道管内の圧力が変化した場合でも湯温が変わらないようにするためらしい。つまりアメリカでは、どんながさつな人間でも火傷をすることがないように、システム側で最適化しているわけである。このあたりは、日米の設計思想の違いを明示していて興味深い。

さて、固定シャワーヘッドから降ってくる水による「いきなり」感を減らすだけなら簡単である。ホースつきのシャワーヘッドに換装すればいいだけである。アメリカのホームセンターでも、Handheld shower head(手持ち式のシャワーヘッド)が豊富に扱われていることからすれば、徐々に普及しているのかもしれない。

ただ問題は、一般にシャワーヘッドの取り付け位置が高すぎて、背丈の小さい人や子供には使いにくいということだ。片手でシャワーを持っている時はいいのだが、両手を自由にして湯を浴びたい時は、はるか上空からお湯が落ちてくる感じになる。それに、代替のシャワーヘッドのほとんどはプラスチック製の安物で、簡単に水漏れを起こしたりする。小さな子供がいる場合、ホースを引っ張ったりぶら下がったりしがちであり、この観点からも耐久性に問題が生じる。さらに、実際のところ、ホームセンターで売っている程度の20ドルくらいのシャワーヘッドだと、ホースの材質が固すぎて、シャワーヘッドの方向が自由に変えられないということが起きる。

この新たな課題を何とかする方法を考えていたのだが、冒頭の写真のWaterpikという会社の、蛇腹つきシャワーヘッドはよい感じだ。50センチ近い長さの金属製の蛇腹がついているので、自由に方向を変えて固定できる。「冷たい水がお湯に変わるまで待っている」間は、単に、水を壁の方向に向けておけばいい。腰の部分にお湯を当てる、などの制御も簡単だ。その上、ホースがないので水漏れの余地も少ないし、見栄えもよい。小学生が使うには位置がやや高すぎるが、それでも風呂椅子等を使えば、たいていは手が届くはずだ。

これを使っていて、違和感の由来がもうひとつあったことに気づいた。高い位置から降ってくるシャワーだと、どうも湯が散る感じがして、水量に対しての満足度のようなものが低かった。シャワーヘッドの位置を身体に近づけることで、この違和感もなくなった。米国製シャワーの簡素な構造による利点を生かしつつ、使い手の側での最適化に可能になった。小さな例ではあるがこういうことはいろいろ他にもあるに違いない。


Waterpik NML-603(S) Linea 6-Mode Showerhead with OptiFLOW, Chrome
  • Part Number NML-603 .
  • Item Weight 1 pounds 
  • Product Dimensions 18 x 3.8 x 7.8 inches 
  • Item model number NML-603(S) 
  • Color Chrome Item Package Quantity 1 
  • Flow Rate 2.5 GPM Water Consumption 2.5 GPM ..
  • Certification No..