2014年4月30日水曜日

「社長は労働法をこう使え!」

労働法の論理と実際を実例に即してわかりやすく解説した本。タイトルはやや挑発的であるが、よく考えれば、あらゆる紛争には複数の当事者がおり、それぞれの言い分がある。労働者側の言い分を善と最初から決め付けるのは合理的ではない。

第2章、「正社員を解雇すると2000万円かかる」との事実は衝撃的だ。ある従業員が解雇されたとし、それを裁判で争うとする。その場合

  • 賃金仮払いの仮処分申請
  • 本訴開始
  • 判決
という順序で話が進む。会社側が十分な準備なしに解雇を行った場合、いくら状況証拠を示しても、仮処分に抗するのは難しい。仮処分が認められると、解雇時点からの給与を払い続ける必要がある。しかも、会社が敗訴した場合、それに加えて2重に解雇時点からの給料を払い(※)、なおかつ、訴えた従業員を職場に迎えて仕事を与えなければならない。年収400万も行かないような従業員でも、裁判まで行って敗訴した場合、年収の数倍の費用がかかってしまうのだ。大企業ならまだしも、中小企業では数千万円の現金を捻出することは簡単ではない。それによって倒産することすらありえる。

※付記。この点は理解できなかったのだが、実際には給料の二重払いはしなくてもいいらしい。著者が言っているのは、住居手当てなどの付加的なものなのだろうか。

賃金仮払いの仮処分が勝負の分かれ目であり、裁判所の判断基準に詳しい労働組合や弁護士は、仮処分を受けられる可能性を分析する。当人が実際のところ働く気のないぶら下がり社員であっても関係ない。そもそも労働法は労働者保護を目的にしている。解雇に値するとの十分な証拠がない限り、当人の成果や能力と無関係に解雇は無効である。組合や労働弁護士にはそこに大きなビジネスチャンスを見るというわけである。

本書を読むと、今をときめく小保方晴子氏の弁護士が取っている戦術の背景がよくわかる。執筆時点では小保方氏は解雇はされていないが、おそらく解雇されるだろう。それを見越した上で、裁判官の心証をよくするための手を着々と打っているのである。労働法の論理は、研究者的定義での捏造の有無とは関係ない。それを十分把握した上で、小保方氏の行為が、解雇に相当するとまではいえない、といったロジックを慎重に積み上げているのである。見事である。

本書の著者は、労働者の搾取に手を染める鬼ではない。むしろ、日本の労働法が時代と合わなくなっている結果、労使双方に悲劇を生み出していることを指摘している。たとえば、日本では解雇規制は厳しいのだが、人事異動はほぼ自由にできる上、定年という無慈悲で非人道的な制度がある。残業を命じることにも(厚労省の100時間の基準の範囲内では)強い制限はない。解雇規制が厳しい代償としての愚かな定年制度のため、多くの技術者が対立する隣国の企業に雇われ、結局元いた企業の首を絞める結果となっているのは周知のとおりだ。

国力を高めるという観点でも、これからの高齢化社会の安定化という観点でも、今の労働法は明確に有害なのだが、厳しい市場競争とは無縁の規制業種と、それを代表する勢力が政治的に大きな力を握っている日本では、抜本的な改善は難しいだろう。

本書では、日本の厳しい法規制の下でも、解雇は十分可能であることを述べている。柔軟な処遇を可能にする就業規則をつくること。もし本当に従業員の能力が足りないと判断される場合、それを立証する証拠と、教育・指導の記録を残すこと。もし指導の結果、会社に有用な人材ということになればお互い幸せである。

重要なことは、どの労働者にもそれなりの能力があるということを信じることである。烙印を押してはいけない。嫌いだから、のような理不尽な理由で解雇をすべきではない。互いに歩み寄り、互いに生産的な状況を作り出すために最善の方策を取るコストは、冒頭に掲げた2000万円のコストよりはるかに低いはずだ。これは人道的な行為であり、しかもその結果、社会に富を生み出しうる。国力が衰退しつつある今、会社にぶら下がることを前提に、非生産的な労働争議をやっている時代ではない。


社長は労働法をこう使え! 

  • 向井 蘭 (著)
  • 単行本(ソフトカバー): 272ページ
  • 出版社: ダイヤモンド社 (2012/3/9)
  • ISBN-10: 4478017042
  • ISBN-13: 978-4478017043
  • 発売日: 2012/3/9
  • 商品パッケージの寸法: 18.8 x 13.2 x 1.4 cm