2009年9月29日火曜日

「死へのイデオロギー―日本赤軍派―」


米国人の女性社会学者による赤軍派・連合赤軍・日本赤軍の考察。巻末に一般人が入手不可能な大量の文献が列挙されていることからもわかる通り、著者は研究者的几帳面さで連赤事件の事実を集めたのだろう。とはいえ、日本赤軍や連合赤軍に知識があまりない人が読むにはあまりに内容が細かくて最後まで読み通せないだろうし、一方、『菊と刀』のような比較文化論に興味がある読者にも期待外れだろう。当事者たちの本を読んだことがある人には、事実の突っ込みは浅いと感じられそうだ。読み方は難しい。

第一部「岡本公三」では、テルアビブ空港乱射事件で生け捕りにされた岡本がまだ元気な頃のインタビューが聞ける。その事件に対する、日本政府、岡本の父、それに日本の宗教団体に共通する日本的な行動様式が指摘され、それなりに面白い。

第二部「赤軍派」、第三部「連合赤軍」では、時折日米の文化の相違や社会学的な分析を交えつつも、基本的にはひたすら淡々と、どこまでが何に依拠した事実で、どこからが著者の想像なのか区別がつきにくいひとり語りが続く。分析といっても、中根千枝や土居健郎を引用してみたり、山岳ベースでの総括における心理状態を、心理学で言う「意識高揚法(conscious raising)」と結びつけたりといった素朴なものだ(意識高揚法というのは、自己啓発セミナーの洗脳テクニックとして有名なあれである)。

本書の価値は、時代の雰囲気や、社会を覆う暗黙の了解事項から自由に、淡々とこの事件をレビューしたというところにあるのだと思う。あるところでは突き放し、あるところでは素朴に感心する、といったような、「闘争」を主観的に担った当事者では決して言えない観察がところどころにある。

第四部では著者は連合赤軍の殲滅戦にアイロニーを見る。

連合赤軍の粛清と、逮捕後のメンバーの行動の関係は、まさにアイロニーといえる。...。そのレトリックとめざした目標にもかかわらず、連合赤軍の『総括』の実体は、自供というものに抵抗するためというよりも、むしろ自供を促すために人びとを訓練してしまったようなものだった。総括の要求に抵抗しても無駄だったし、いったん暴力がその過程に導入されるようになると、ことばでの抵抗は必ず体罰で終わった。(p.261-262)

これは鋭い指摘である。このコントラストを感じる感性と、エピローグにおけるセンチメンタルな旅の描写を見て、パトリシア・スタインホフという女性に、学者というよりも人間としての誠実さの魅力を感じることができる。この本には社会学者としての深みはまるでない。研究者としては著者は二流であろう。「死へのイデオロギー」の考察ついて、坂口弘(「共産主義化」論)を越えるものは何もない。にもかかわらず、悪くはない読後感を与える不思議な本である。

★★★☆☆ 死へのイデオロギー―日本赤軍派―
  • パトリシア・スタインホフ
  • 岩波学術文庫
  • 2003

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