2020年12月31日木曜日

The Actor's Life (by Jenna Fischer)

 

アメリカで近年もっとも人気のあったテレビドラマのひとつ "The Office (アメリカ版)" の主人公 パム役でおなじみのジェナ・フィッシャーの自叙伝。女優の自叙伝にありがちな成功物語でも、他人事のようにハリウッドの内幕を描くのでもなく、セントルイスの片田舎からLAに出てきて、下積み時代はもちろん、今でさえつらい目にあいながらなんとか生き延びてきた彼女の苦労談をあけすけに語る。

ジェナは演劇に憧れる少女だったが、高校時代は特に主役をこなすわけでもなく目立たず過ごした。両親もエンターテイメント業界とは何の関係もない。大学では演技を専攻し、自分にはいくらかの天分があることを信じるようなった。少しの自負と大きな夢を持ち、マツダ323(ファミリア)に乗ってLAに行く。窓もないようなアパートでの貧乏生活から下積み生活をスタートする。 

 本の中では、例えばSAGと呼ばれる俳優組合の役割や、オーディションの様子、エージェントやマネジャーの見つけ方、エキストラのひどい扱い、危うく国際売春組織に売られそうになった経緯などなど、細かいハリウッドの内幕が詳しく書かれており興味深い。しかし何より興味を引いたのは、俳優という職業が、いかに(理系の)研究者に似ているかということだった。

The Officeで全米の人気者になった後ですら、試写会で評判が悪かったという理由で、配役予定のドラマから電話一本で降ろされたりする(そしてそれがメディアに流れて晒し者になる)。「大御所」への遠慮はない。無名時代にはもちろん、オーディションで落選に次ぐ落選である。これはまるで、常に厳しいピア・レビュー(査読)にさらされる研究者のようである。

研究者でも俳優でも、駆け出し時代の最大の仕事は自分を人に知ってもらうことで、ありとあらゆる機会をとらえてコネを作ろうとする。学問分野によっては、特に日本では、ある程度有力大学の流派に乗ればさほどの社交努力は必要ではないという幸運もあり得るが、アメリカでは一般にそうではない。学会で、バンケットやコーヒータイムが過剰と思われるほど設けられているのはそのためである。俳優の世界も似たようなものらしい。

常にオーディション落ちの恐怖に苛まれているハリウッド俳優と同じく、よほどの例外を除けば、研究者にも「上がり」はない。理系の一流学術誌には世界中から優れた論文が寄せられ、多くは厳しい査読の結果として掲載を拒絶される。たとえばアインシュタインですらPhysical Reviewというアメリカの一流学術誌から拒絶査定を受けた話は有名である。PhDを出たての若者も、50歳の教授も、そこに特に違いはない。

若者時代ならまだしも、いい年をして精魂込めた自分の演技なり作品なり論文に罵倒のようなコメントを受けるのはつらいことである。それは分野を問わず誰しも同じである。だから大多数の俳優志望の若者が数年で諦めてしまうのと同じく、ほとんどすべての研究者の卵も、数年で表舞台から消えてしまう。あまりに耐えがたく厳しいからである。その過程で多くの人は、自分がしたかったことは何だったのか自問自答を積み重ねる。そして多くの人は気づく。自分は本当は、俳優なり研究というということ自体に取り立てて強い興味はなく、それを単に名声を得る手段として使っていただけだったのだと。

これに関してジェナの言葉は力強い。

Even with  all the ups and downs, I love being an actor. But more specifically, I love using my imagination. I love reflecting on my own  feelings and bringing them to life in a character. I love connecting with an audience. I love being in touch with how it feels  to be guilty, angry, regretful, elated, loved, loving, spiteful, terrified, dishonest, or heroic. I love to recreate and experience these  feelings onstage, on TV, or in film. I love figuring out a character, discovering how we’re similar and how we differ. I love  all the new challenges that come with a new project. I love being  a storyteller. I love making people laugh. I love being with and  creating with other artists. And I love celebrating the human  experience.  (Chap. 6, "The Journey")

 彼女にとって演技とは人間への理解を深めるための創造であり、彼女はその過程自体に魅せられつづけているのだ。研究者も同じであろう。徹底的に考え抜いた後に見える何か美しい地平から、一見乱雑なこの世界を見下ろすという経験に一度でも魅了されたことのある者なら、どういう形にせよ、研究という営為から離れることなく、その苦しみも受け入れることができることだろう。

人生で挫折を感じたときに、何かヒントを与えてくれるかもしれない好著。

  • Title: The Actor's Life: A Survival Guide
  • Author: Jenna Fischer 
  • Publisher : BenBella Books (November 14, 2017)
  • Publication date : November 14, 2017
  • Language: : English

 

2020年11月11日水曜日

Evernote から OneNote に移行

OneNote のスクリーンショット。Microsoft のウェブサイトから。

査読する論文の管理やら、記事の切り抜き的な用途やら、家のこまごました処理やらのためにEvernoteという情報集約ソフトをもう10年以上便利に使っていたのですが、このたび、Microsoft のOneNote (for Windows 10) に移行することにしました。

Evernoteの最新のアップデート(Version 10)が壮絶な改悪で、私のラップトップ(ThinkPad P52というハイエンド機)でノートを開くだけでメモリは1GB以上、CPUは20%くらい食うという状態で、反応も遅く、もう好き嫌いがどうかというレベルを超えて、使用に耐えぬ状態になりました。その上、ユーザーが調節できる設定機能を全廃してしまったんですよね。実際、Wikipediaによれば(2020/11/11現在)
Evernote version 10 is a complete re-write of desktop clients. It removed almost all preferences and so possibility to adjust application to user needs. 

ということです。ここまでひどいソフトウェアアップデートは初めてです。おかげさまで、長らくプレミアム会員としてEvernoteにロックインされていた私の仕事スタイルを見直す勇気をいただけてありがとうという感じではあります。

私の場合、典型的なEvernoteの使い方は、例えば査読メモ用としては

  • 論文なりのpdfをページに貼る。
  • 重要な式とかグラフとかをキャプチャしてページに貼り、その下に主に日本語でコメントを書く。
  • 箇条書きや色分け、リンクなどのリッチテキスト機能を多用する
という感じでした。その他にも、旅行の計画とか、車やらの修理の記録など。ファイル添付とリッチテキスト編集、クラウドでの情報統一管理は必須で、これを完全にできる情報集約ソフトって案外ないんですよね。長い間Lotus Notesが唯一の選択肢でしたが、Evernoteの方が圧倒的に便利で、2010年以来10年間もプレミアム会員となっていた次第です。

私はOffice 365のライセンスに毎年お金を払っているので、ノートブックはOneDriveに1TBまで追加料金なしに置いておけます。単純にEvernoteに払っていたプレミアム会員代の $75がなくなるだけ。よいことばかりに思えましたが、ひとつ不安は、うまく情報を移せるかということでした。査読論文にしてももう何百篇にもなっているので、移行が不安でしたが、幸い、マイクロソフトがよくできた移行ツールを作ってくれており、ほとんど問題なく移行できました。

重要なTipsとしては、こちらにある通り、ノートブックごとにファイルとして書き出し、それをインポートするということ。当初私は複数のノートブックを一気に移そうとしたのですがうまく行かず、手間はかかりますが、ノートブックごとに手作業でインポートした次第。その結果、サイズがおおむね25MB以上のノートは失敗する確率が高そうでしたが、99%は移行に成功。張り付けた画像もリンクも箇条書きもほぼそのまま移行でき、非常に助かりました。失敗したページは手作業で移せば問題なし。また、インポートをやり直す場合、OneDriveに行って該当するファイルを削除すれば完全にUndoできますので、失敗しても問題なし。

OneNoteには 
  • OneNote for Windows 10 
  • OneNote 2016
という独立なソフトがあり、前者が冒頭に貼ったものです。iPadなどでも同じインターフェイス。後者は古いタブベースのUIで、左右にノートのリストが分離している、ノートのソートができない(!)など不可解な仕様で、これまで避けてきたのですが、OneNote for Windows 10  についてはとても美しいインターフェイスになっていて、反応が遅いこと、検索機能がショボいことなど細かい問題はあるにせよ、代替としてはおおむね満足です。

Evernoteは、卓抜なアイディアによるクラウドストレジの雄として敬意を持っていただけに、ゴタゴタ続きの最近の様子は残念でなりません。このままだと消え去る運命でしょうか。逆に言えば、老舗企業であるMicrosoftが、こういう若いスタートアップとガチで勝負して寄り切れる活力を保持しているというのはすばらしいことです。