2010年12月1日水曜日

「132億円集めたビジネスプラン」

旧態依然の規制業種の代表のように思われている日本の保険業界に72年ぶりに新規参入した件で話題になっているライフネット生命の創業者の一人、岩瀬大輔氏によるビジネスプラン作成指南書。実質的に創業期のあれこれの回想記のような体裁である。文章は簡潔明瞭で読みやすい。

本書は知り合いに勧められて読んでみたものであるが、申し訳ないことに、正直、感心するポイントがほとんど何もなかった。電車の中の30分でもういいやと思った次第である。

著者はハーバードビジネススクール(HBS)を上位5%の成績で修了したというのをとても誇りに思っているらしく、本書でもHBSではこういうことを学んだ、とか、こういう見方を教えてくれた、のようなくだりが頻繁に出てくる。しかし研究者的観点から言わせてもらえば、学校で教わったことを嬉々として繰り返しているようでは話にならない。それもわざわざHBSなどと略して繰り返された日には、もう、恥ずかしいとしか言いようがない。

たとえば「東大ではこんなことを学んだ」のような言い方はまともな大人はしない。「開成(麻布、灘、...)ではこういうことを学んだ」みたいな言い方も多分ない。いや、「陸軍士官学校では○○精神を叩き込まれた」みたいな言い方は聞いたことがある気がするから、あるいは過去の栄光を回顧したい老人ならそういう言い方をするかもしれない。彼らは「今」に恥じらいがないからである。

文章の明瞭さから察するに、岩瀬氏は優秀な人物である。しかしHBSがどうのという言い方に何の恥じらいもないところから見て、彼は世界を創れない人である。HBSという枠組みにすばやく自分を同化させ、その同化能力において、優秀な成績を収めたのであろう。しかしビジネスのダイナミクスは物理学の法則と違い融通無碍である。むしろ上位5%というその触れ込み自体が、彼の創造力の欠如を証明しているように思えてならない。おそらく彼は知らないだろう。無から世界を構想できる人間が存在しているという事実を。

上で感心するポイントがほとんど何もないと書いたが、実はひとつある。それはライフネット生命の広報戦略である。楽天の三木谷社長の言葉を引いて岩瀬氏は言う。「ネットショッピングの時代こそ、人々は商品だけではなくその背後にあるドラマや物語も共有したいと思っている」(p.110)。おそらくこれは正しい。

実際、私が岩瀬氏の名前を知ったのは、一時期は無料でpdfが公開されていた『生命保険のカラクリ』という本を通してである。戦略は巧妙であった。電子書籍が話題になっている最中、おそらく日本で最初に、新書の全文pdf公開ということをやったのである。あたらし物好きの多くはそれをダウンロードしたろう。私もそうであった。本の中身といえば、彼の個人的物語も交えつつも、実質的にはライフネット生命の宣伝なのであった。その戦略は本当に見事であった。

物語の共有 ── これはネット時代に限らず、広報というものの原点であると私は思う。物語を作るのには才能が必要であるが、多くの人にはそれがない。そのことを考える時、岩瀬氏らが仕掛けた広報戦略は驚嘆に値すると言ってよい。真っ当に受け取れば駄作と言わざるを得ない本書が、その幼稚としか思えない物言いも含めて、実は彼の広報戦略の一環なのだとしたら ── もし本当にそうなら、彼は真の天才である。


132億円集めたビジネスプラン

  • 岩瀬 大輔 (著)
  • 単行本(ソフトカバー): 177ページ
  • 出版社: PHP研究所 (2010/11/16)
  • ISBN-10: 4569771904
  • ISBN-13: 978-4569771908
  • 発売日: 2010/11/16
  • 商品の寸法: 18.6 x 13 x 2 cm