2014年12月15日月曜日

"The Notebook" (邦題: 「きみに読む物語」)


人生の選択がテーマのアメリカの恋愛映画。一見わかりやすすぎる純愛プロットがゆえ、インテリ批評家層の忌避を受けたようであるが、庶民からは広く愛され、同様に日本でも、洋画としては例外的な商業的成功を収めた。高校英語の教科書に原作の一部が掲載されたほどで("WORLD TREK ENGLISH COURSE II", 桐原書店)、おそらく若い世代の恋愛映画の古典になりつつあるのだろう。

この映画を純愛映画と見ることはもちろん可能であるが、監督の意図はおそらくもう少し複雑だ。

物語は、年老いた男性が、アルツハイマー病と思しき上品な老婆にノートに書かれた物語を読み聞かせるところから始まる。

物語の中の主人公アリーは、米国南部のチャールストンという街の裕福な家に育った17歳の娘で、夏の間、シーブルック島というリゾート地に避暑に出かける。そこでノアという若者に会い、彼らはいろいろな話をする。ノアはブルーカラーとして働いてはいるが、実は芸術を解する家庭で育った。アリーは、子供のころから親の言うとおりに習い事に明け暮れ、夏が終わったら名門女子大に親の勧めるがままに行こうとしている自分と、ノアとその家庭を比べて、自分の内面を考え直す。アリーは、ノアとの会話の中で、自分が自分らしくいられると感じられた記憶を懸命に思い出し、次のように答える。
You asked me what I do for me. I love to paint.
この"paint"は「自分の人生を自分の手で描くこと」の暗喩であり、この映画の重要な構成要素になっている。

17歳のアリーがノアと不幸な別れをした7年後、アリーは、まったくの偶然に、ノアが若い二人の秘密の隠れ家であった屋敷を買い取って建て直し、17歳のアリーとの約束通りに、川を望むアトリエを作ったことを知る。ノアとの行き違いの真実を確かめるべく、アリーは自分の婚約者に、やや唐突にこう告げる。
I don't paint anymore. I used to paint all the time. I really loved it. So paint. I will. I'm gonna start.
ノアとの再会を果たしたアリーは難しい人生の選択を迫られるが、自分の心に忠実に、自分の手で自分の人生を"paint"することを選ぶ。

物語の最後に、このノートに書かれた物語を読み上げている老人が実はノアであり、そのノートは、自分の精神が病み始めていることを悟ったアリー自身が、自分の人生を自分の手で"paint"した証として、ノアに書き残したものであることが明かされる。スクリーンに写るノートの奥付にはこうある。
"The Story of our Lives
by Allison Hamilton Calhoun
To My Love, Noah,
Read this to me and I'll come back to you."
つまりこれは、主人公アリーの意志の物語である。彼女は自分の意志に賭け、周囲の人たちが危うげだと思う選択肢をあえて取り、彼女を愛する夫と育てた子や孫の様子から察するに、その賭けに勝ったのだ。物語の中の美化された思い出たちは、写実というより彼女の優しさの現われであろう。

このような大衆的に広く知られた映画には、数多くのレビューが見つかる。しかし残念なことに、そのうちのほとんどすべては映画の詳細を理解してすらいないし(特に日本語のレビューに残念なものが多い。邦題からの連想から、夫が書いたノートを妻に読んでいると誤解している人がかなりいるが違う)、単に、映画の中で起こった出来事について、好きとか嫌いとか感想を述べているだけのように見える。映画を、ただ出来事を羅列した擬似追体験ツールと使うのは、間違っているとは言わないが、ポルノ映画を見る態度と同じである。

レイチェル・マカダムスの熱演は、実存の選択の物語という観点で正当に評価してあげたい。


視聴したのは、amazon.comのInstant Videoと、オリジナルDVD。


The Notebook [日本語版]
  • DVD
  • Publisher: New Line Video (2005)
  • Language: English
  • ISBN-10: 0780648838
  • ISBN-13: 978-0780648838
  • Product Dimensions: 7.5 x 5.3 x 0.4 inches
  • Shipping Weight: 3.2 ounces
  • Average Customer Review: 4.6 out of 5 stars  See all reviews (2,181 customer reviews)

2014年11月30日日曜日

"Mean Girls" (邦題「ミーン・ガールズ」)

米国の国民的学園コメディ映画。2014年12月時点で、amazon.comでは5095件もの評価がついており、そのうち実に95%が5つ星になっている。これほどのレビュー数を集めながら圧倒的な好評になっている映画は、最近だとおそらくFrozen(邦題「アナと雪の女王」)くらいなもので、Frozenが巨額の制作費を使った家族向けの映画だということを思うと、この映画への支持ぶりが際立つ。

映画の脚本を書いたのはアメリカで非常に人気のある女性コメディアンのティナ・フェイである。原題は「いじわるな女の子」の意味で、女子高生同士の陰湿な足の引っ張り合いがテーマなのだが、リアリティを失わない絶妙な範囲で笑える映画に仕上げられつつ、日常でズバッと使える決め台詞にあふれ、ネット上ではほとんど箴言集の扱いだ。

2004年の公開から10周年ということで、多くの米メディアで記念特集が組まれた。主なセリフのほとんどすべての動画シーンがYouTubeに投稿されており、Urban DictionaryではBest movie ever made と絶賛されている。若者文化内のみならず、昨年は、ホワイトハウスがこの映画のせりふをもじったツイートをして話題になったほどである。使ったのは、映画の舞台となった高校で女王として君臨するレジーナが、その手下のグレッチェンに言い放った次のセリフだ。
Gretchen, stop trying to make 'fetch' happen! It's not going to happen! 
(グレッチェン、何でも「fetch」って言うのはやめて。二度と聞きたくない。) 
ホワイトハウスの方のfetchはボールを取ってくるという意味だが、映画の中での"Fetch"は、冒頭でグレッチェンが説明するとおりCoolのような意味であるらしい。ちなみにこのレジーナは、名作"The Notebook"(邦題: きみに読む物語)で上流階級の娘を演じたレイチェル・マクアダムスある。

脚本を書いたティナ・フェイはその後、おそらく世界でもっとも成功した脚本家兼女優となった。その他、リジー・キャプラン Lizzy Caplan、レイシー・シャベール Lacey Chabert、アマンダ・サイフリッド Amanda Seyfriedなど、その後の主役級の俳優が多く出演している。個人的には、アマンダのおバカキャラの演技がツボだ。

話は、レジーナ率いる女子グループが書いたBurn Bookという陰口ノートを中心に進んでゆく。アフリカから来た純真な16歳の主人公ケイディーは、入学早々女王レジーナに気に入られ、彼女のグループに入れられる。レジーナは、ケイディーが自分の元彼を気に入っていることを知ると、召使いに自分の力を見せ付けるかのごとくケイディーの目の前で元彼を誘惑する。それに怒ったケイディーは、表面上は恭順の意を表しながらも、ジャニスという友達と一緒にレジーナに復讐する策略をめぐらせる。策略に気づいたレジーナに報復を受けたケイディーは、一連の混乱の主犯として断罪され、自宅謹慎を命ぜられる。わずかに外出を許された数学クラブのコンテストで、他人についてあれこれ言っても結局前には進めない、自分のやるべきことをやるしかないのだと気づく。終業式の日の学園女王コンテストで、半ばイジメのようにしてクイーンに選ばれてしまったケイディーは、受け取ったティアラを壇上で細かく割り、それを皆に配ることで、友達同士を貶めあう行為の愚かさを皆に伝える。

やたら人が死んだり病気になったり、あるいは急にスターになったりのような「劇的な」作為は何もなく、すべてが日常の中の物語だ。日常であるがゆえに、ティナ・フェイによる練られた台詞それ自体が、アメリカ人の心に長くとどまる結果となったのだろう。米国での圧倒的に人気にもかかわらず、日本ではこの映画はあまり宣伝もされず、知られることもなかった。その由来を考えるのは興味深い。

主人公のケイディーは、女王レジーナに初めて謁見した時、かわいいわね、と言われて、ありがとう、と答えてしまうというミスを犯す。
But you're, like, really pretty.
- Thank you.
So you agree.
- What?
You think you're really pretty.
- Oh, I don't know...


これはまるで京都人との会話のようである。こういう「日本人的な」陰湿なやりとりに加えて、われわれが自国の病理をあげつらう際によく使われるような場面が数多くこの映画には埋め込まれている。学生たちの仲間グループはおおむね人種ごとに別れ、おしなべて排他的だ。仲間に入れないとトイレで隠れて昼食をとるしかない。こういう、排他的で、大小無数の政治的いさかいにあふれた世界は、日本人が思う妙に美化されたアメリカ人についての固定観念、たとえばフェアな競争を尊ぶオープンな実力主義の社会、とはまるで似ていない。しかしそれが現実なのだ。アメリカ人の日常に寄り添っていたがゆえにこの映画はアメリカでは古典となった。しかしむしろそれがゆえに日本では売られることはなかったのだとしたら、この映画はむしろ日本人の自画像のゆがみを逆照射する作品であるのかもしれない。


(アメリカのスーパーで購入したWidescreen版のDVDで視聴)

  • Directors: Mark Waters
  • Writers: Tina Fey, Rosalind Wiseman
  • Producers: Jennifer Guinier, Jill Sobel Messick, Lorne Michaels, Louise Rosner, Tony Shimkin
  • Format: Multiple Formats, Anamorphic, Collector's Edition, Color, Dolby, NTSC, Special Edition, Subtitled, Widescreen
  • Language: English (Dolby Digital 2.0 Surround), English (Dolby Digital 5.1), French (Dolby Digital 5.1)
  • Subtitles: English, Spanish
  • Region: Region 1 (U.S. and Canada only. Read more about DVD formats.)
  • Aspect Ratio: 1.85:1
  • Number of discs: 1
  • Rated: PG-13 (Parental Guidance Suggested)
  • Studio: Paramount
  • DVD Release Date: September 21, 2004
  • Run Time: 97 minutes
  • Average Customer Review: 4.9 out of 5 stars  See all reviews (5,096 customer reviews)
  • ASIN: B0002IQJ8W

2014年10月31日金曜日

「日本軍と日本兵」

1942年から46年までに、アメリカ陸軍軍事情報部(Military Intelligence Division)が出していた部内向け広報誌の内容を紹介した本。

敗戦後出版された歴史書は、日本陸軍を人名軽視で白兵主義に凝り固まる愚かな集団だと断定するものが大多数である。敗戦から演繹して、日本軍をそのように決め付けるのはある意味勝ち馬に乗ることであり、安全なロジックである。しかし著者はそれに疑問を呈する。たとえば「日本陸軍の精神主義・歩兵主兵主義・白兵主義はついに最後まで堅持された」などと歴史書が言うとき、著者はそこになんらの事実の裏づけもないことを見出す。硫黄島での持久戦術が映画等で広く知られるようになった今ではなおさらのことである。

著者の疑問は当然であり、学者として正しい姿勢と言える。しかしこの広報誌は、米国陸軍の各中隊レベルにまであまねく配布されたものであり、基本的に戦意を鼓舞するものでしかありえない。それを念頭に、内容淡々と紹介すれば(退屈であったとしても)、帯にある通り「敵という鏡に映し出された赤裸々な真実」という意味でまだよかったと思うのだが、中途半端にこの広報誌の内容を事実と信じた上で妙なコメントをつけるのが非常に痛々しい。文献を読んでみる、というのは歴史学の正統的な方法なのだろうが、US ArmyのIntelligence Divisionについて書くのなら、敵方の当事者が書いた本くらい読むべきだろう。文庫本で手に入るのだから(「大本営参謀の情報戦記」)。

広報誌が再三、日本兵は射撃が下手で白兵戦も弱いと言っているのは、普通に想像すれば、戦場で兵士が萎縮しないための檄と見るのが正しかろう。日本陸軍で使われた常套句「弾はたまにしか当たらんから『たま』というんだ」と同じである。それは自明であり、何の情報にもならない。著者の言うとおり、また、上記堀参謀の著書に明確に書かれているとおり、情報は多角的に見なければ事実にはならない。

ほぼその広報誌だけに依拠して、それを要約しつつ、乏しい知識で乏しいコメントをつけてはい一丁あがり、というような仕事をしてはいけない。プロとして誇りがあるのなら、もう少し勉強して書き直してもらいたい。


日本軍と日本兵 米軍報告書は語る (講談社現代新書)
  • フォーマット: Kindle版 
  • ファイルサイズ: 4157 KB 
  • 紙の本の長さ: 179 ページ 
  • 出版社: 講談社 (2014/2/28) 
  • 販売: 株式会社 講談社 
  • 言語: 日本語 
  • ASIN: B00IJ6V14Q

2014年8月31日日曜日

「ブラックジャックによろしく」

大学病院での研修医の葛藤の日々を描いた漫画。著者の佐藤秀峰氏はなかなかこだわりのある人のようで、本書はKindleで全巻無料で読める。第6回文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞という賞をもらったらしい。

この漫画の主人公は、「白い巨塔」の里見のような男で、病院の社会的使命のようなものとは無関係に、「患者ひとりひとりに向き合う」ことを志向する。こだわりの男だ。末期癌の患者に対して、大学側に緩和ケアを持ち出すところなどはフジテレビ版白い巨塔と完全に同じだ。

緩和ケアという発想自体はよい。問題は、それを大学病院で行うことが、社会全体の利益を最大にする選択かどうかということである。これはまさにトリアージの問題である。そもそも、「ひとりひとりに向き合う」などと言ってみたとしても、実質的には、無数の患者に順番をつけ、最初の「ひとり」を選んでいることと変わりない。選ばれなかった者からすれば、そこに合理的な理由は何もない。つまりそれは、自分が関係を結んだ患者だけを救うと言っているのと同じであり、親族に富を山分けする田舎の政治家と変わらない。自分が関わった患者だけしか救えないのだとしたら、確実に助かる患者を助ける、というのが当然の発想であり、その努力を放擲してひたすら独白にふける主人公は社会的には役立たずと言われても仕方ない。そのような自己満足を肯定的に描く著者のセンスはまったく救いがたい。

百歩譲って、そういう志向も多様な人物像の描写として認めるとしても、最後の精神医療の話には言い訳の余地はない。著者はおそらく、アルコール中毒を装い精神病院に潜入、その実態を描いて有名になった大熊一夫のルポまたはその要約を読み、その設定を借用したのだろう。その時代、1970年の頃の話だが、精神医療に多くの課題があったことは事実だ。ルポが描く精神病院は暗黒の牢獄の如しで、それが一面の真実であったことは確かである。

しかしこのルポが出た当時と今では精神病の治療技術はまったく変わっている。いまや急性症状の多くは薬物治療で抑えることが可能であり、一部の人格障害等を除けば、精神病の多くは制御可能なものである。脳内伝達物質の研究が劇的に進展したからである。本書で患者の人権蹂躙の象徴のように描かれている電気痙攣療法さえ、いまや薬物治療が効かない場合の良心的かつ適切な治療として確立している。

何より問題なのは、精神障害者の犯罪について、まったくでたらめな、被「差別」者を扇動するためのプロパガンダによく使われる論法をそのまま使っていることだ。精神病患者は健常者よりはるかに犯罪性向が低い、と作中の新聞記者に言わせるくだりがそれである。以前書いた文章から引用する。
一般的に、統合失調症(精神分裂病)の発症率は、国によらずほぼ一定で、1%程度であるとされている(出典)。そうして、刑法犯総数のうち精神分裂病患者の数は0.1%程度である(p.127)。これによれば、精神病患者は健常者よりはるかに犯罪性向が低い、と言える。これは今なお、精神障害者への「偏見」を戒めるロジックとして使われる。「しかし、殺人や放火などの重大な犯罪では一般よりも高くなる」(同)。本書によれば、やや古いデータであるが、1979から1981の3年間の殺人事件5113件のうち、333件が精神障害者によるものとされている。率にして6.5%である。放火の場合はもっと高い割合となることが知られているから、精神障害者が殺人や放火などの重大犯罪を犯す確率は健常者の10倍程度である、という結論が導かれる。

これも以前書いたことだが、精神病患者の大多数は善良な人々であるが、こと「急性期」の患者には、その症状がゆえの触法行為を犯さぬよう強い助けが必要である。そこには警察による強制力が必要な場合もあるし、閉鎖病棟が必要な場合もある。病棟を解放することが患者の「人権」を守るための最善の手段であるかのように描く著者の理解は、ほとんど半世紀前の反体制活動家のそれと変わらない。精神障害者が殺人や放火などの重大犯罪を犯す確率は健常者の10倍程度、という事実をまず受け止めて、その上で双方が最大限幸福になる方法を取るのが為政者の役目である。

この本は、まともな出版社から出され、まともだとの評判を得ている本の中では、私の知る限り最悪の本である。取材の不足は目を覆うばかりであり、描かれる人物像の貧困は耐えがたい。この本を読んで肯定的に感動している人がいたら、自分の知的水準を疑ったほうがいい。


ブラックジャックによろしく 1~13 [Kindle版]
  • 佐藤 秀峰 (著)
  • フォーマット: Kindle版....
  • 販売: Amazon Services International, Inc..
  • 言語: 日本語

2014年8月1日金曜日

蛇腹つき延長シャワーヘッド(Waterpik NML-603(S) Linea 6-Mode Showerhead)


米国のホテルに滞在したことのある人は、風呂の使いにくさに頭を抱えたことだろう。圧力バランス弁(pressure balanced valve)というらしいが、最初に水が出て、反時計回りに回しきると熱いお湯が出てくるタイプのシャワー用ハンドル(下写真: American Standard社のWebサイトより)がほぼ全てのホテルで標準である。湯と水のハンドルが分離されてない。これはいくつかの点で日本人には非常に抵抗がある。

おそらく、違和感の根本は、湯を「いきなり」身体に当てるという点にあるのだと思う。シャワーヘッドは高い位置に固定されているので、蛇口から出るお湯をシャワーに切り替えた瞬間、頭上から水が降ってくる。日本式のホースの付いたシャワーであれば、普通の人はまずは手でお湯を受け、温度を確かめてから腕や脚などにお湯をかけつつ、胴体にお湯をかける。頭にいきなりお湯を当てる、というのは、真夏の行水でもなければ、日本人の入浴文化にはなじみが薄い気がする。

この圧力バランス弁というやつの使用感も不思議だ。日本人的な感覚では、ハンドルを回すと水量が増えるイメージがあるのだが、これはPressure-balancedの言葉通り、ほぼ水量が変わらない。これはどうやら、アメリカのボイラー文化の歴史的経緯によるらしい。Wikipediaによれば、アメリカにおいては、いくつかの地域で、この湯水一体式の蛇口が、Building Codeなる法律で義務付けられているらしい。これはおそらく、エレクトロニクス時代の以前、ボイラーの温度調節が簡単でなかった時代の遺物だと思われる。アメリカの不動産屋に聞いたところでは、アメリカのセントラルヒーティングの歴史はほとんど100年にもなる。100年前に、熱湯による火傷から人々を救うための最新のテクノロジーだったのだろう。

日本の場合、水と湯が分離した2つのハンドルが備えられていて、当然だが、湯の蛇口からは熱湯が出る。水と湯を混ぜることで好みの温度にする。熱湯が出る可能性があるのは確かに危険なのだが、シャワーヘッドは固定されているわけではないので、当然、シャワーヘッドを手で持ち、自分で安全を確認してシャワーを使うことが想定されている。つまり、システム上は最適化されていないのだが、各人がマニュアルで最適化するわけである。

対してアメリカでは、人間による最適化が基本想定されておらず、水から始まり湯にいたる特殊な弁が使われている。Wikipediaによれば、よそで水を使っていて水道管内の圧力が変化した場合でも湯温が変わらないようにするためらしい。つまりアメリカでは、どんながさつな人間でも火傷をすることがないように、システム側で最適化しているわけである。このあたりは、日米の設計思想の違いを明示していて興味深い。

さて、固定シャワーヘッドから降ってくる水による「いきなり」感を減らすだけなら簡単である。ホースつきのシャワーヘッドに換装すればいいだけである。アメリカのホームセンターでも、Handheld shower head(手持ち式のシャワーヘッド)が豊富に扱われていることからすれば、徐々に普及しているのかもしれない。

ただ問題は、一般にシャワーヘッドの取り付け位置が高すぎて、背丈の小さい人や子供には使いにくいということだ。片手でシャワーを持っている時はいいのだが、両手を自由にして湯を浴びたい時は、はるか上空からお湯が落ちてくる感じになる。それに、代替のシャワーヘッドのほとんどはプラスチック製の安物で、簡単に水漏れを起こしたりする。小さな子供がいる場合、ホースを引っ張ったりぶら下がったりしがちであり、この観点からも耐久性に問題が生じる。さらに、実際のところ、ホームセンターで売っている程度の20ドルくらいのシャワーヘッドだと、ホースの材質が固すぎて、シャワーヘッドの方向が自由に変えられないということが起きる。

この新たな課題を何とかする方法を考えていたのだが、冒頭の写真のWaterpikという会社の、蛇腹つきシャワーヘッドはよい感じだ。50センチ近い長さの金属製の蛇腹がついているので、自由に方向を変えて固定できる。「冷たい水がお湯に変わるまで待っている」間は、単に、水を壁の方向に向けておけばいい。腰の部分にお湯を当てる、などの制御も簡単だ。その上、ホースがないので水漏れの余地も少ないし、見栄えもよい。小学生が使うには位置がやや高すぎるが、それでも風呂椅子等を使えば、たいていは手が届くはずだ。

これを使っていて、違和感の由来がもうひとつあったことに気づいた。高い位置から降ってくるシャワーだと、どうも湯が散る感じがして、水量に対しての満足度のようなものが低かった。シャワーヘッドの位置を身体に近づけることで、この違和感もなくなった。米国製シャワーの簡素な構造による利点を生かしつつ、使い手の側での最適化に可能になった。小さな例ではあるがこういうことはいろいろ他にもあるに違いない。


Waterpik NML-603(S) Linea 6-Mode Showerhead with OptiFLOW, Chrome
  • Part Number NML-603 .
  • Item Weight 1 pounds 
  • Product Dimensions 18 x 3.8 x 7.8 inches 
  • Item model number NML-603(S) 
  • Color Chrome Item Package Quantity 1 
  • Flow Rate 2.5 GPM Water Consumption 2.5 GPM ..
  • Certification No..

2014年7月14日月曜日

サムソナイトの角型折り畳み傘


サムソナイト製の小型折りたたみ傘。長い間、カバン用に常備できる折り畳み傘を探していた。東京で使っていたTumiのバックパックにも時折普通の折り畳み傘を差していたが、頭がはみ出すその様子はいかにもダサく、なんとかできないものかと常々思っていた。軽く、小さく、強く。全ての条件を満たすこの傘は、米国のamazonでわずか16ドル(2014年4月現在)。サムソナイトのロゴも美しく、最近買った製品で最も満足度の高いものの部類に入る。

この傘の特徴は、なんと言っても扁平な形になることである。折りたたむと長さ20センチ強、幅6センチ、厚さ2センチくらいの羊羹のような形になる。厚さ2センチであれば、いかなるビジネスバックでも余裕であろう。しかも重さはわずか4オンス、100グラムちょっとしかない。PCのACアダプタの1/3くらいだろう。

しかもうれしいことに、ビジネスマン御用達のTumi Alphaシリーズにはこれに完璧にフィットするナイロン製ポケットがある(少なくとも私の持っている26141の場合)。この傘が入るために作られたと思うくらいだ。ポケットの頭からわずかにSamsoniteのロゴがのぞく。この傘を自分のAlphaに納めた時の満足感は、個人的には非常に高かった。

なぜこのような羊羹型の折り畳み傘がこれまで一般的でなかったのだろうか。おそらく探せば日本にもあるのだと思うのだが、少なくとも私は出会うことができなかった。構造に特殊なところは何もない。単に骨が、いわば楕円対称になるように角度をつけてつけられているというただそれだけである。開けば円になる。しかし開けば円であるものが、閉じた時に円筒形である必要はない。鞄の形が直方体であれば、その形からいわば逆算して傘をデザインするという行き方も、考えてみればあると思う。その柔軟な発想といい、質感といい、さらに価格といい、さすがと思わされた。全てのビジネスマンに勧められる逸品。


Samsonite Manual Flat Compact, Black, One Size
  • ASIN: B00BPEEFUG
  • Product Dimensions: 8.6 x 2.4 x 0.8 inches; 4 ounces
  • Shipping Weight: 4 ounces (View shipping rates and policies)
  • Shipping: This item is also available for shipping to select countries outside the U.S.
  • Item model number: 51697 .