日米住宅断熱事情
私がかつて住んでいた東京近郊の家は3つとも、夏は暑く冬は寒く、寒いばかりか窓には結露がひどく、灯油ストーブで暖房すると、天井付近と床で顕著な温度差が感じられ、北海道の高断熱住宅で育った私には、正直とても不愉快でした。結露も温度差も、断熱性能に劣る家の典型的症状です。
夏は夏で、冷房の風が来るところでないと暑いが、かといって冷房の風に当たって寝ると体調を崩す、という調子でどうにも対処のしようがなく、結果、夏は毎年夏バテをしていました。これも、冷房を消した瞬間に室温が上がるという、断熱性能の低さからくる問題だったのだと思っています。
NYの気候は北海道に似ていて、本州で言えば軽井沢とかその程度です。東京近郊の標準的な家がもしあれば、特に冬は悲惨な居住環境だったでしょうが、今の家は相対的にとても快適です。冬はベースボードヒーターと呼ばれる温水暖房が各部屋に完備され、私の家の場合2ゾーンで温度管理できます。窓は二重ガラスの断熱窓が標準で、結露は全然ありません。夏は全館冷房で、ダクトからマイルドな冷風が流れてきます。
ガス・電気代は冬は500ドルくらい、その他の季節は200から400ドルくらいです。日本に住んでいたころはガス・電気料金はおそらく合計2万円くらいだったと思うので、高いと言えば高いのですが、日本の家にありがちなとてつもなく寒い風呂場とか、灼熱の西部屋、みたいなことは全然なく、その快適さは段違いです。「食事もサービスも全然なってない!日本最高!」などと駐在員のブログあたりには書かれがちですが、実のところ、こと住宅環境に関しては、広さとか狭さとかそれ以前に、米国の一般住居の建築基準と、日本の建築品質の多大な格差を体感した次第です。
日本の最新の建築基準の実体
私が体感した格差は実は建築基準を少し調べると明確な事実として明らかになります。2000年代以降、省エネ・エコが全世界的潮流になった後ですら、日本では住宅断熱について有効な施策をとっておらず、結果として、欧米先進国に比べて最低の住宅性能に甘んじる国になってしまったのでした。2025年の基準ですら、窓の断熱性能において、中国、韓国、欧米先進国の最低の水準であり、たとえばドイツの基準を使えば、北海道以外の場所で建てられている家の多くは違法状態です。少し古いですが、2014年の日本経済新聞に掲載された記事が参考になるでしょう。
もう少し定量的に話をしましょう。住宅の断熱性能は、物理学的には熱伝達係数で定義できます。住宅エネルギー収支の分野では、単位面積・単位温度差あたりに移動する熱を U-value (熱貫流率) と呼び、これは住宅の冷暖房におけるエネルギー損失を表現するために国際的に使われる指標です。住宅での熱の流出(冬季)の半分、流入(夏季)の7割は窓から起こります。その熱は
(1秒当たりに窓から逃げる or 入る熱) Q = U × (内外の温度差)×(窓の面積)
で評価されますから、Uが大きいほど無駄が大きい、ということになります。その窓ですが、日本では、北海道以外の地域ではほとんどの窓がアルミサッシです。問題はアルミは熱伝導性が非常に高いため、U値を低くすることが物理学的に不可能だということです。一級建築士の吉田武志さんという方の記事によれば、日本は9割以上がアルミサッシで、これは世界中の国の中で圧倒的な特異点となっています。
2025年の日本の基準では事実上、窓のU値として 4.65 W/(m2 K) が挙げられているようです。ドイツのU=1.3、米国の U <2 と比べた時、日本の基準が周回遅れぶりが際立ちます。ドイツではU > 4 の窓は販売すらできません。既存住宅の大半はアルミサッシの単板ガラスで、このU値は6.5くらいだそうです。私が日本にいた時に結露に悩まされたのもうなづけます。上記日経の記事では、「日本に5700万戸あるといわれる住宅の8割以上は、U値が6.5W/m2・Kというレベルでしかない」と明確に述べています。日本の住宅の大半は欧米先進国では違法とされるレベルの恥ずかしい断熱性能しかないということです。
さらに悪いことには、日本の2025年の基準では、窓のU値について国際基準ににそった具体的な基準すら設けておらず、家全体の、すなわち、窓も屋根も壁もひっくるめた平均熱貫流率(UA値)の0.87 という値のみを挙げているようです(窓のU=4.65というのは換算法の例として出てくるらしい)。厳しいドイツの窓の熱貫流率の基準1.3より小さい数字を出すことで、日本はエネルギー効率の優等生という神話を保ちたかったのでしょうが、卑劣な情報操作というべきです。このUAというのは、窓、壁、屋根、すべてひっくるめた平均の値です。窓より壁の断熱性能が高いのは当たり前ですから、上記の通り、熱損失の50-70%が窓から起こることを考えれば、まるで日本で主流のアルミサッシの断熱性能の悪さを意図的に薄めて、結果として関連メーカーを免罪しているかのようです。普通に考えると、基準を作った国土交通省住宅局と、アルミサッシのメーカーとの癒着が疑われます。
劣悪な住宅で死んでゆく日本人
いやいや、『徒然草』の、「家のつくりやうは、夏をむねとすべし」、の言葉の通り、高断熱気密住宅は日本の文化にそぐわない、簡素な住宅で暑さ寒さををやり過ごすすべを知っている日本文化をむしろ誇るべきだ、という意見もあるでしょう。しかしデータは残酷です。主に劣悪な住居環境に由来すると思われる heat stroke(熱中症) による人口100万人当たりの死者数は、世界のあらゆる国の中で突出して悪い、という動かしがたい事実が The Lancet という権威ある医学学術誌で報告されています(Tobias A, Honda Y, Madaniyazi L et al. "Variation in reporting of heatstroke mortality: evidence from a multi-country study," The Lancet Public Health, 11, e156-e163)。冒頭の棒グラフは同論文から持ってきたものです。
日本の住居環境は、省エネの国際的潮流の中で国際社会の足を引っ張っているばかりか、自国民の健康を危険にさらしていると言えます。
日本のエネルギー効率についての神話
日本のマスメディアでは、「日本のエネルギー効率は世界最高、すでに効率が究極まで上げられているので、他国並みに温室効果ガスの削減をコミットするのは不公平だ」、などとの意見が頻繁に流布されます。実際、家庭部門でのエネルギー消費を世帯数で割った世帯あたりのエネルギー消費量では、米国はおよそ3倍です。しかしこれは日本の住宅が3倍高効率であることを意味しません。むしろ逆です。日本では、冷暖房機器の設備技術では世界トップですが、その貯金を、劣悪な住宅環境で帳消しにしています。
アメリカでは、家が大きくかつセントラル冷暖房が一般的なため、結果として1世帯当たり、日本に比べてざっくり5倍くらいの空間・時間の空調を行う必要があります。さらに、アメリカでは寒冷地に人口が多いため、冬季の暖房の需要が平均的にいって日本の2倍くらいです。日本の空調機器のエネルギー性能は極めて優秀で、ざっくり2倍程度の利得があるでしょう。
ですので、本来、日本とアメリカの1世帯当たりのエネルギー消費量は、20倍くらいの違いがあってもよさそうなものです。しかしそれがたったの3倍にしかならないのは、ざっくり言って、3倍くらい劣った住宅が帳消しにして、残りを日本人お得意の我慢で何とかしているからです。その結果、圧倒的に人が死んでいると。
変わらない日本: システムの失敗を個人で糊塗する悲劇
まとめましょう。日本で1世帯当たり米国の1/3のエネルギーしか使わないのは、単に、国民の大多数が温暖な地域に住んでいるため暖房の必要が少なく、かつ、家が狭くて局所的な冷暖房しかしないからです。寒い部屋、暑い部屋が家の中にあっても、それを根性で我慢しているというだけです。根性だけなら美徳ですが、問題は、世界最高レベルの効率を持つ冷暖房機器のエネルギーを、劣悪な断熱性能を持つ家が浪費していることです。これは世界的な省エネルギーの潮流への反逆だとすらいえます。
客観的なデータは、日本の住宅の実質的なエネルギー効率が先進国最低であることを示していますが、悲しいことに、日本では、2026年の今に至るまで、窓、壁、天井の個別の熱貫流率という簡単明瞭な基準すら義務化できていません。あたかも既存メーカー保護のため、わざわざザル法を作ってあげているかのようです。この不合理が、国土交通省住宅局とアルミサッシのメーカーと何らかの癒着でないのだとしたら、もはや国土交通省住宅局には当事者能力がないと言わざるを得ないでしょう。
今起こっていることは、国家レベルの政策の失敗を、個人の根性で糊塗しているということです。これはまるで、戦略の失敗を、末端の兵士の根性でなんとか埋め合わせていた先の戦争の時の状況とそっくりです。日本人はそれから本質的には何も学んでいないということです。