2009年10月1日木曜日

「それでも会社を辞めますか? 実録・40歳からの仕事選び直し」


百年に一度というこの大不況に間に合わせたかったのだろう、その努力は認めてあげたい。

しかし残念ながらこの本の完成度は、同種の本、たとえば城繁幸の一連の著作に比べれば2割にも満たないと思われる。定量的データに乏しい内容といい、表現の陳腐さといい、新聞の書き散らしルポと同レベルで、少なくともキャリア形成について真剣に考えたことのある人であれば、買う価値は、おそらく、ない。

3章に出てくるおもちゃ屋を開業した元公務員の話はすごい。単調な仕事に嫌気が差した彼は、ある日役所を辞めてしまう。次の職を決めずにだ。はて自分のやりたいことは何だろうと考えて、自分は子供が好きだからと、彼は地元におもちゃ屋を開業する。小売の素人がだ。

普通の読者はここで心配になる。実際、「経営的には確かに厳しい」ようである。当然だろう。「けれど、数字のことはなるべく考えないようにしている」(p.88)。と、ここに来て読者はこの人の正体を知る。「数字」やコストを考えないで済むのは公務員だけだ。実ビジネスはひたすら数字との戦いだ。それを考えたくないのなら、物売りには多分向いてない。この人は公務員的な頭のまま、ビジネスごっこをやっているわけだ。

にもかかわらず著者はひたすら応援モードである。「働くことの喜びを日々感じている」「自由に生きることの喜び」「どんなに厳しい現実の波にさらされても、やりたいことのテーマがぶれることはない」(p.90)...。日教組の教師のような空疎すぎる言葉が並ぶ。

この現実感のなさはどこから来るのか。

この本には著者本人の苦労談も詳しく載っているので、著者の背景に思いをめぐらせてみるのも一興である。私に関して言えば、著者自身の失業時代の生活を描写する次の一節を読んで、著者とは一生相容れないだろうと確信した。
「私は自炊ができないので、もっぱら食事は外食で毎日2000円近くかかる」(p.120)。

金に困っているのに、自炊ができないと言い切るセンス...。著者は結局、何かにぶら下がることを暗黙に前提にしたい人なのであろう。件の元公務員氏を応援したい気持ちも分からなくもない。

6章以降は、もう、読むのもつらい。
「社会全体が、...、『インディビデュアルソサエティ』(独立社会)へと刻々と移り変わりつつあるのではないだろうか」(p.155)。

「だろうか」って...。この著者には、社会問題を語る力量がないことは確かだ。

★☆☆☆☆ それでも会社を辞めますか? 実録・40歳からの仕事選び直し
  • 多田 文明
  • アスキー新書
  • 2009

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