勝間和代氏の出世作。ずいぶん前の本かと思っていたが、わずか2年前の本である。主たる内容は、庶民がまとまったお金を動かす際にやりがちな過ちを指摘し、合理的な行動を指南するもの。たとえば、庶民に馴染み深い銀行預金や住宅ローンがいかに非合理的な選択かを指摘しつつ、その代案として、国債から始まり商品ファンドに至るまで、いろいろな金融商品を非常にわかりやすく解説している。金儲けの幻想を煽るような本ではなく、随所に「リスクなしに儲ける方法などない」("There is no such thing as a free lunch", p.66)という原則を強調するという正しい態度を貫いている。
本書は、自己啓発の教祖になってしまった最近の勝間氏の真の実力を思い出させてくれるという点で貴重である。最近の粗製濫造作品とは別物と考えた方がよい。経済学的な記述は正確であり、題名も見出しのつけ方も秀逸である。投資入門、のようなカテゴリーの本では、おそらく最も優れた本と言える。
他の先進国に比べて日本人は、全資産におけるリスク資産の割合が低いことが知られている。しかし、リスクをどのくらい好むかについての国民性調査をやってみると、日米にほとんど差はないという結果がある(p.26)。だとすれば、日本人がリスク資産に手を出さないのはなぜか。著者はそれを金融知識の不足に求める。ではなぜ金融知識が足りないのか。著者はその主たる原因を、金融教育の不足と日本人の長時間労働に求める。このあたりの指摘は定量的データを使った小気味よいものだ。何より、投資入門、というスタンスの本なのに、あえて社会的・構造的問題についての指摘から入るというスタイルに、著者の正義感のようなものが垣間見えて心地よい。
2章以降、資産についての庶民の常識のようなものを著者は次々に論破してゆく。それをいくつか見ていこう。
- 当面使わないお金は、銀行の定期預金でなく国債に投資せよ
年利を見れば自明なことである。ただし国債は、途中解約すると元本割れの危険がある。 - 現金資産があるのなら家やマンションは買うな
13ページにわたって力説されている。住宅ローン金利の不合理な高さ、不動産売却の難しさ、など問題が多い。「これらが、最近、都心に賃貸で住みながら金融資産を多く持っているという層が増えてきている背景です。つまり、最も合理的な行動をとるとこのような形になるのです。」(p.105) - 生命保険は一般に無駄が多いので、必要最低限とせよ
掛け金がかなり高い割に、リスクの計量が難しい。たとえば子供の生活費を残すという観点で加入するとしても、たとえば逓減型の保険を選択せよ、と主張。 - 直に株式投資をして儲けるのは玄人にも困難。投資信託を利用せよ
特にインデックス投信が手軽で効率がよい。
最近の金融工学の研究によれば、チャート分析を工夫することでインデックスを上回る成績を挙げたとの論文もあるようなので、一概にチャート分析を否定はできないのだが、素人の相場観のようなものを頼りにした株式投資はやるだけ無駄、というのは庶民向けには重要なメッセージであろう。
なお、2007年の本書発売後すぐに、本書の通りのインデックス投信に投資した真面目な読者はかなりの損害をこうむったはずである。その後のリーマンショックで、たとえばTOPIXは半分近くに暴落したからである(下図)。しかし著者を恨んではいけない。繰り返し述べられている通り、「管理できるのはリスクのみ。リターンは管理できない」からだ(p.160)。
お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)
- 勝間 和代 (著)
- 新書: 230ページ
- 出版社: 光文社 (2007/11/16)
- ISBN-10: 433403425X
- ISBN-13: 978-4334034252
- 発売日: 2007/11/16
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