2010年5月4日火曜日

「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」

若いときに天才的な業績を残し、晩年は精神を病んだ数学者の娘の苦悩の物語。アカデミアで最高の頭脳により追求される真理の美しさと、その裏にある残酷さに思いを致したことのある人なら、おそらくこの映画に感じるものはあるだろう。精神を病んだ数学者、という設定にはジョン・ナッシュを描いた "A Beautiful Mind" を思い出させるが、主演のグウィネス・パルトロウの天才的な演技とあいまって、こちらの方が映画としてはずっと面白い。

物語は偉大な数学者・ロバートの葬式から始まる。ロバートが63歳で死ぬまでの5年間、主人公キャサリンはロバートの身の回りの世話をした。ロバートは20代の時に3つの分野で最高の業績を挙げ、シカゴ大学数学科に迎えられた。しかしおそらくは40代で精神の変調が深刻化し、その後20年間は一進一退の状況で時を過ごした。

父の精神状態がしばらく安定していたことから、キャサリンは父の教えるシカゴ大学を避け、近郊にある別の名門・ノースウェスタン大学の大学院に進学することを決める。そこで数学科の才能ある学生として勉強をしている最中、彼女は父の異変を知り、家に急遽戻る。そこで彼女は、躁状態の父を発見する。大発見をしたと興奮する父のノートを見たキャサリンは、父の精神状態が極度に悪化しており、自分が面倒を見る必要があることを悟る。彼女は大学院を中退せざるを得なかった。

大学院生として研究の世界の入り口にいた彼女は、自分で自分の価値を世界に刻み付けなければならない存在だった。厳格な意味において、研究成果を世に問うとは、これまでの人類すべての誰よりも自分が優れていると主張することに他ならない。すべての人類に対する相対優位をもって、絶対的価値の証明とするのである。彼女をそれをすべくあがいていた。

しかし大学院をやめた彼女には、もはや父の世話をすることでしか自分の存在を証明する手段がなかった。逆に言えば、偉大な父の世話をすることで、自分の存在を実感できたとも言える。しかし父が突然死んだ後、キャサリンは、再び自分とは何かを自分に問いかけざるを得なくなる。

そこから彼女の苦悩が始まる。彼女には自分の存在証明を行う必要があった。この映画の原題"Proof"に対して、邦題の「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」というのは、でたらめな邦題が跋扈する映画業界では、奇跡的によくできたタイトルと言えよう。

彼女にとっては、父のかつての学生でありかつ父の崇拝者で、今はシカゴ大学に勤める数学者・ハロルドとの間の恋愛関係は、自分の存在を確かめるための確かな土台になるように思われた。一旦は永遠に思えたその関係の上に、彼女は、1冊のノートの存在をハロルドに教える。そこには父の介護をしていた5年の間、時折明晰さを取り戻す父の助言を受けながら、彼女自身が成し遂げた仕事が書かれていた。それを見たハロルドはその価値を直ちに見抜き興奮する。リーマン予想の証明と思しき画期的な結果が記されていたからである。

しかしハロルドも、キャサリンの姉のクレアも、彼女がそれを書いたとは信じず、偉大な父の手によるものであろうと彼女を疑う。父と生きた数年の証としてのその証明が、むしろ自分の存在への反証になったのである。これは彼女には衝撃的な出来事であり、彼女は固く心を閉ざしてしまう。

ハロルドは、数学科の専門家の協力を得て、数日間かけてそのノートの証明の内容を検証する。論理展開は奇抜なものであったが誤りは見つけられず、ハロルドは証明の正しさを確信する。さらに、使われていた技巧が90年代の新技術であったことなどから、それが父ロバートではなくキャサリンの仕事であることを確信する。

ハロルドはキャサリンの許に走り、彼女に許しを乞う。しかし彼女は頑なにそれを拒否する。彼女の心理は複雑だ。父への尊敬と否定、自分の数学的才能への自負と否定、これらアンビバレントな心情のネガティブな側は狂気への恐怖へと直結しており、平衡点を見出すのは容易ではない。彼女にとっては、ハロルドとの曇りのない信頼関係だけが、混沌の海を渡りきるための唯一の手段のように思われたのだ。

最後にキャサリンは、ノートに記した証明を、肯定的に自らのものと認める以外に、自分の生きる道はないことを悟る。それは偉大な父の存在への反証になりえるが、父はもういない。父と一体化していたかつての自分とは決別しなければならない。証明を自分のものと証明することで、自分の正常さと生きた証を立てなければならない。キャサリンは姉クレアとの同居を拒絶して姉の許を去る。映画は、シカゴ大学の美しいキャンパスで、ノートの内容をハロルドに説明し始めるシーンで終わる。父と暮らしたシカゴの家には常に闇が付きまとっていたが、それと対照的に、キャンパスは明るく緑が軽やかだ。

数学の定理といういわば絶対的な正の価値を、狂気という負の絶対価値と対比させ、それに人間同士の相対的な信頼関係の脆さについての絶望と希望を螺旋状に絡ませるこの映画のプロットはとても美しい。常人には理解しがたい精神のカオス的な動きを完璧に演じきったグウィネス・パルトロウの演技は驚異的である。"A Beautiful Mind" と比べれば、統合失調症や数学の研究的内容の描き方など、やや粗い点もなくはないが、全体のストーリーは、それを補って余りある見事な流れを形作っている。出色の出来だと思われる。

なお、上記の文章は、2010年3月にWowowで放映された日本語字幕版を元にしている。


プルーフ・オブ・マイ・ライフ [DVD]

  • 出演: グウィネス・パルトロウ, アンソニー・ホプキンス, ジェイク・ギレンホール, ホープ・デイヴィス
  • 監督: ジョン・マッデン
  • 形式: Color, Dolby, Widescreen
  • 言語 英語, 日本語
  • 字幕: 日本語
  • 画面サイズ: 1.78:1
  • ディスク枚数: 1
  • 販売元: アミューズソフトエンタテインメント
  • DVD発売日: 2006/08/25
  • 時間: 103 分

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