2010年5月5日水曜日

「生命保険の『罠』」

日本生命の営業を十数年勤め、現在は保険のコンサルティング機能をウリにする代理店の取締役である後田(うしろだ)亨氏による保険の素人向け解説。「解説」と言っても羅列的なものではなく、投資対効果の観点からいかに馬鹿げた保険が多いかを力説してくれる。基本的に話は単純であり、生涯に支払うお金の総額をまずは計算し、それを払う価値があると思えば払えばいいし、それが不要だと思えば保険に入らなければよい。しかし問題は、「生涯支払う金額」の計算すらできない加入者が多すぎることである。

本書に記載されているように、日本は先進諸国の中で保険に支払う金額が異様に高い。

万が一の場合に備える保険金の額にしても、ドイツやイギリスではほぼ年収と同じくらい、アメリカでは年収の2年分というデータがありますが、日本の平均は年収の5倍以上なのです。4人家族の保険料負担の平均は、年額で50万円を越えます。(p.75)

これにはさまざまな文化的、社会的背景があろう。しかし地縁血縁でがんじがらめの田舎暮らしならいざ知らず、都市部に住んでいるサラリーマン世帯では、保険の選択はほぼ自由であろう。少なくとも私の場合はそうである。だとすれば、一体この、月2万円以上を払い続けている人たちは、何を考えているのだろう?

著者は明快に、ほとんどの人はうわべの言葉にだまされているだけだ、と指摘する。
  • 保障は一生涯続き、保険料は上がることはありません
  • 60歳から、保障はそのままで保険料が半額になります
  • 60歳から、保障はそのままで保険料がゼロになります
これらの売り文句は、何のことはない、分割払いの比率を年齢ごとに調整しているだけのことで、支払う保険料の総額でみれば何も変わらない。「お祝い金」などと呼ばれる一時金についても同様であり、保険料の総額で見れば、何の「お祝い」にもなっていないことは明らかだ(p.43)。

保険加入の是非を判断するためには、支払い総額の他に、万一の事態の確率を把握することが必要である。これに至っては、具体的に計算するだけの能力がある加入者はほとんどいないに違いない。著者は「降水確率10%未満でも傘は必要?!」と問うが、雨が降るか否かと、人が死ぬかどうかが、「確率」という共通の用語で記述できるということ自体、一般人には理解のはるか外であろう。結果として、あたかも、まるでなるべく不合理な保険に入ることが、家族に対する愛の証であるかのような状況になっているわけである。

それはともかく、たとえば、死亡率やがんの罹患率、あるいは高度障害にかかる確率は公開されているデータから計算可能である。たとえば、ここに、10万人あたりの死亡率の比較がある(「死亡率」などで検索をすれば一瞬で見つかるサイトだ)。それによれば、人口10万人当たりの癌(悪性新生物)による死亡率は、10万人当たりにして250人程度、割合にすれば0.25%である。年に0.25%の割合でガンになってゆくとすれば、20年後には5%の人がガンになるということになる。したがってこの時、「元が取れる」ためには、支払う金額が100万円なら2000万円、500万円なら1億円のリターンなければならない。なぜなら、
1億円×5%=500万円
だからである。しかしそのような高額な支払いを約束する保険は絶対にない。

しかも国民皆保険制度(という世界に誇るべき)制度を取る日本では、平均的な年収の人が保険適用の治療を受けた場合、月に8万1000円を超える自己負担分は払い戻されるという制度がある(p.69)。任意保険なしにこれだけの保障があるのである。このことから著者は、公的健康保険に加入している限り、「50歳くらいまでに100万円程度の貯金ができていれば、がんも、医療費の面ではそれほど恐れることはない」と明快に述べている(p.70)。当然の結論である。私には、公的な健康保険に加えて、上記のような決してROI(Return-on-Investment。投資額に対する戻ってくるお金の割合)が1を超えない医療保険に、何万円も払う人の気持ちがわからない。

本書の7章には、「プロが入っている保険」として、保険を売る当事者たちが実際にどういう保険に入っているか書かれていて参考になる。著者が日本生命に勤めていた時代、上司たちは、決して自社の売れ筋商品には入らず、(バブル期に販売されていて今はもうない)高利回りの養老保険と、会社のグループ保険に入っていたという(p.164)。定量的にROIを計算するとしたら、当然すぎる行動であろう。

そもそも、本書冒頭に記されているように、保険というのは、保険料に含まれている手数料の割合が30%から50%にも上るような商品である(p.24)。投資信託の手数料はもろもろ含めてもトータルで高々2-3%だから、これは相対的には異様に高い。手数料が高くても、支払われるリターンの期待値が高ければ問題はないのだが、ほとんどの人は生涯にわたって支払うべき金額の計算をすることはないし、万が一のことが起こる可能性がどの程度か考えることもない。ニッセイに献金するくらいならまだ国内のことだからいいのかもしれないが、各人の知的怠惰の集積が、国富を外資系保険会社に献上する結果になっている現状は、何とかした方がいいと思うのだが。



生命保険の「罠」 (講談社+α新書)
  • 後田 亨 (著)
  • 新書: 192ページ
  • 出版社: 講談社 (2007/11/21)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4062724685
  • ISBN-13: 978-4062724685
  • 発売日: 2007/11/21
  • 商品の寸法: 17 x 11.8 x 1.8 cm

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