2012年5月31日木曜日

ThinkPadをSSDに換装(Crucial CT512M4SSD2)


ノートパソコンのハードディスクの取替えに関するちょっとした雑感。

ハードディスクドライブ(HDD)に対するフラッシュメモリ型ディスク(いわゆるSSD: solid-state drive)の優位性がもはや誰の目にも明らかになり、自腹でも換装を志す向きも多かろう。私が仕事で使っているThinkPad T410 (2522) は、かなり重たいことを除けばよくできたマシンで、これまで悩まされてきた問題
  • 熱い。手を置く部分が熱くて集中力を削ぐ 
  • スタンバイ状態に移れない。あるいはスタンバイ状態から復帰に失敗する。 
がほとんどなく、大変安定している。HDDとしては贅沢にも7200回転の高速2.5インチHDDが入っていて、それまでのマシンに比べるときびきびしているし、休止状態からの復帰も速い。ただ、さすがに使用から2年ほど経ち、起動がかなり遅くなってきたことと、時折動作がフリーズするのが気になってきた。調べると、どうもHDDの一部が痛んでいるらしい。ということで、連休を利用してHDD換装を決心した。

ThinkPadの場合、物理的なHDDの入れ替えは著しく簡単で、10円玉ひとつでHDDを取り出せる。ただ、次の問題がある。
  • 今の業務用モデルでは、リカバリDVDが添付されていない。作ることもできない(作成機能がオフになっている仕様) 。だからSSD上にOSのクリーンインストールというのができない。
  • HDDには、 Windowsからはアクセスできないリカバリ用の領域が数GBある。それも完全に移行する必要がある。
  • セキュリティ上の理由から、外付けメディアへの書き込みを禁止する常駐ソフトが強制導入されており、それを削除する方法がない 。そのため、USB接続でSSDにHDDのクローンを作る、ということができない。

特に第3点の点は深刻で、これのためメールのバックアップも事実上とれない。これらの理由から、換装にはいろいろと工夫が必要である。インターネット上ではなかなか同じ条件での体験談が見当たらず、いろいろ試行錯誤をせざるを得なかった。結論から言うと、下記がすべてのPCにおいて最も安全かつ手早く換装が済む手順である。

準備
  1. SSDを用意する。フォーマット等は不要。
  2. USB接続のハードディスクケースを用意する。私が使ったのは「裸族のお立ち台
  3. HDDクローン用のソフトウェアを用意する。ここではAcronis True Imageを使う。任意のPCに入れておき、Acronisの「ブータブルCD」(ハードディスクが空でも起動できるCD)を作る。
  4. 現在使用中のHDDの暗号化は戻し、BIOSのパスワードなどは外しておく。
実行
  1. ThinkPadにおいて、HDDを取り出し、USB接続しておく。ブータブルCDを入れる。起動させる。
  2. Acronisのメニューの「ツールとユーティリティ」から、「クローン作成」を選択。クローンの方法としては「手動」を選ぶ。 
  3. データ領域(ThinkPadの場合は"Preload")とリカバリ領域("SERVICEV001”)の双方をコピー元に設定。当然SSDをコピー先とする
  4. パーティションを確認する。当然、Preloadの容量を増やすように設定。
  5. クローン作成を実行。数時間かかる(100GB程度のデータの場合、表示では30分程度と出たが、その4倍くらいは優にかかるので注意)
  6. 終了したらシャットダウンする。外付けのHDDを取り外して再起動
  7. (ThinkPadの場合)F1を押し続け、適切にBIOSの設定を行う。私の会社の場合、セキュリティ規定に応じて、Power-on passwordとHDDパスワードを設定することが必要(HDDパスワードは画面の下に隠れていることがあるのでスクロール) 

これ以外のやりかたはいろいろと考えられる。
  • たとえばこういうハードディスクケースを使ってハードウェア的にHDDのクローンを作る。
  • Windows上でAcronisなどのソフトウェアを起動し、外付けのハードディスクケースにSSDを入れ、今Windowsが動いているHDDのクローンを作る。
  • 別のPCに、Acronisなどのソフトウェアを使って、HDDの中身をバックアップする。次いでそれをSSD上にリカバリする。
  • HDDをSSDに入れ替えた状態で、リカバリDVDを使ってリカバリをする
ネット上の情報では、1番目のものの成功例は見当たらず、2番目のものが主流のようだ。しかし今の私の会社の設定では、外付けメディアへの書き込みはOSレベルで禁止されていて、それを解除する方法はないので無理である。3番目のものの成功例もあるのだが、私が試した限りうまくいかない(終了しないか、エラーが出る)。たぶん書かれていないTipsがあるのだろう。比較的確実と思われるのが4番目の手法だが、リカバリDVDを入手する必要がある。リカバリDVDが手元にあるのなら、クリーンインストールの状態になってもよければよい方法かもしれない。

クローニング用のソフトウェアがポイントとなるが、いろいろと情報を総合すると、Acronis True Image Homeがよさそうである。フリーウェアのEseUS Todo Backup   というソフトもほぼ同様のことができそうだが、アラインメントの問題や、コピーに時間がかかるなどの問題があるようだ。

最後に、CrystalDiskMarkでベンチーマークしてみた。会社の決まりで、セキュリティ上の理由から、ある常駐ソフトウェアを使って全ディスクの暗号化を求められているため、猛烈に遅い。CrucialのWebサイトによれば、
  • Sustained Sequential Read: Up to 500 MB/s(SATA 6Gb/s)
  • Sustained Sequential Write: Up to 260 MB/s(SATA 6Gb/s)
ということなのだが、上記のとおり、この1/10程度の値になってしまっている。しかしそれでも体感的にはHDDよりはずっと快適になった。ついでにクリーンインストールまでしたので、起動時間がそれまでの約15分(!)から、1分ちょっとになった。おかげで、ソフトウェア強制導入による再起動も別に恐れる必要はなくなった。おかげで業務効率も上がることだろう。

2012年5月9日水曜日

「反原発」不都合な真実


すべての経済活動の基盤にはエネルギーがある以上、エネルギー問題はまずは経済問題である。エネルギーを作らない(発電しない)という選択肢はない。それは窮乏への道だからだ。

実際、反原発を主張する人々にも、原始的な山村生活を是としている人は少数だろう。圧倒的多数は、ペットボトルに入ったきれいな水を飲み(言うまでもなくペットボトルの生産には化石燃料を大量に消費する)、インターネットを楽しみ(インターネットを維持するためには莫大なお金をかけて海底ケーブルやルーターその他のインフラを持ち続ける必要がある)、夏には冷蔵庫に入った冷たい麦茶でも飲むことを前提に、おそらくは素朴な善意から、原発がなしですむものならその方がよいと考えているはずだ。「子どもたちの未来が!」と叫ぶ反原発の母親も、原発を廃棄した結果、電気代が2倍になったり、化石燃料の消費により温暖化がさらに進んだり、夏に停電になり冷房がきかず、それこそ赤ん坊と一緒に摂氏35度の灼熱の中で右往左往する現場など、想像しているわけではあるまい。

であるならば、仮にエネルギー問題が環境問題として語られる必要があったとしても、それは損と得の間のバランスから議論されるべきだ。

本書は、経済問題としてのエネルギー問題という立場から、原発がない世界がどういうものかを定量的かつ実証的に議論した本である。本書の多くの内容、特に、原発がつい最近までは環境問題のいわば切り札というような扱いをされていたこと、再生可能エネルギーのほとんどが到底原発の置換になりえず、むしろ送電網を不安定化させうること、などは普通の教養のある人なら知っていたことだろう。

私を含めて最も欠けていたのは、おそらく、放射線による健康被害の知識だろう。とりわけ、今回問題になるのはいわゆる低線量被爆と言われる100mSv以下の被爆である。これについては2つの考え方がある。
  • 人間の細胞には修復機能がある。そのため、少量の被爆には健康被害はない
  • いかなる低線量でも被爆は有害であり、有害と無害を区別する境目の値はない
後者を閾値なし仮説(LNT仮説: Linear Non-Threshold model)と呼び、国際放射線防護委員会(ICRP, International Commission on Radiation Protection)という団体が採用している考え方である。低線量被爆による人体の健康被害については信頼しうるデータは現時点でも存在しない(むしろ無害であるというデータは数多くある)が、
経験的に低線量は無害だと思っていた多くの医学者の反対を押し切って、ショウジョウバエにX線を宛てる研究をしていた遺伝学者の意見を採用し、低放射線の安全基準値をこの閾値のない比例モデルを使って決めることにした(p.53)
とのことである。ICRPは単なる民間の学術団体であるが、半世紀以上前から世界保健機構の諮問機関として勧告を出すなど、権威ある組織として国際的に認知されている。日本の放射線防護基準もICRP勧告を基本としている(三省堂 大辞林による)。

本書の主題のひとつはこのICRPモデルの妥当性である。これは、(1)人体の修復機能をあえて軽視している、(2)他のリスク要因との比較を無視している、という2つの意味で非常に厳格な、安全側に振った考え方だといえるだろう。今のところ、放射線の健康被害についての最も信頼しうるデータは広島と長崎の被爆者のデータである。これによれば、腫瘍にしても白血病にしても、被爆量100mSv以下のリスクはばらつきが多く、有害なのか有益なのか直ちに結論が出ない。下記に、白血病についての疫学研究のデータをこの論文*から引いておこう。右のグラフが500mSv以下のデータである。非常にばらつきが多く、被爆したほうががんになりにくいという結論すら導けることがわかる。しかし100mSv(0.1Sv)以下では、特段の危険は読み取れないことがわかる。しかもこれは一気に短時間で、おそらくは生体の修復能力をはるかに超えた速度で放射線を受けた場合のデータである。客観的に見て、100mSv程度では、被爆の健康被害は仮にあったとしても軽微で、他のリスク要因に埋もれてしまうだろう。

* Preston DL, Pierce DA, Shimizu Y, Cullings HM, Fujita S, Funamoto S, Kodama K.
Effect of recent changes in atomic bomb survivor dosimetry on cancer mortality
risk estimates. Radiat Res. 2004 Oct;162(4):377-89.

では「他のリスク要因」と比べてどうなのか。本書では、タバコや、火力発電による大気汚染による健康被害など、広汎な例を挙げて、原発による健康被害のリスクが非常に小さいことを論証する。しかも、原発の廃止には、大気汚染リスクに加えて、年間4兆円という莫大な追加の燃料代がかかる(p.118)。

まとめると、現時点での結論は、
  1. 放射線医学のデータを普通に眺める限り、合計100mSv以下の被爆に害はない。あったとしても、運動不足とか野菜不足よりはるかに小さいリスクである。恐れる必要はない。
  2. 原発の廃止に合理性はない。追加の燃料代4兆円は国富の流出を意味する上、国際政治上日本の地位を危ういものにする。
ということだ。リスクゼロを求める「庶民」の思いもわからなくないが、会社で労働者の給与を無制限に上げられないのと同様、リスクゼロのために無制限のコストをかけることはできない。


「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)
  • 藤沢 数希 (著)
  • 単行本: 208ページ
  • 出版社: 新潮社 (2012/2/17)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4106104571
  • ISBN-13: 978-4106104572
  • 発売日: 2012/2/17
  • 商品の寸法: 17.2 x 11 x 1.4 cm

2012年4月30日月曜日

「サイゴンから来た妻と娘」

駐在員時代に出会ったベトナム人の母娘を、ベトナム戦争終結の混乱の中で日本に逃がし、東京で暮らしてゆく中で経験するカルチャーギャップのエピソードを軽妙に描いた本。とりわけ食に対するエピソードが面白い。ライギョとの死闘、ペットのウサギを食べてしまった話、などなどまったく飽きさせない。著者は産経新聞の記者としてボーン・上田国際記者賞を受賞したこともある大物記者であるが、新聞記者には珍しくとても謙虚な感じのする人柄で、読後感が非常によい。出版(1978年)から34年も経過した今でも楽しく読める好著である。

別途、「アヘン王国潜入記」の方でも書いたが、本書が今読んでも面白いのは、居丈高に「正義」を語ることをほとんどしていないという点が大きい。しかしこういう個人的な題材を描いた本ですら、当時の世論に遠慮してか、微妙な表現がところどころに出てくる。ベトナム戦争の終結により「解放」されたはずの南ベトナムから大量の難民が国外に逃げた。この現実と、「解放」勝利で華々しく喧伝された理想とのギャップに言及して、著者はこう書く。

同時に私には、いまなお難民を生むことの悲しみに最も心を痛めているのは、ハノィの指導者たちではないのか、と思えてならない。ハノィはいま、すべての手段に訴えて、国家再建のために正しいと信じた方針を実施し、根付かせていかなければならない。戦場での戦いと同じように、外部の価値判断など超越した手段で人々を教育し、駆り立て、改造して大きな流れに巻き込んでいかなければならない。ベトナム共産党にとって、これは戦場とまったく同様の、生きるか死ぬかの、そしてこんどはベトナム全体がつぶれるかつぶれないかの、死に物狂いの戦いなのだ。これにうち勝つためには、当然、タガを締め、無数の汚い方便にも訴えぎるを得まい。力でおどし、心理でおどし、必要なら非同調者を容赦なく抹殺していくような真似だってやらぎるを得ないだろう。

しかし、汚職したり弾圧したりすることが旧チュー体制の本質でも目的でもなかったと同様に、取り締まったり、自由を制限したり、耐乏を強いたりすることは、ハノィの本質でもあるまい。(p.234)

上記、ハノイとは旧北ベトナムの首都で、ここでは共産党政権のことを指す。なぜ著者は、このように実質的に無内容なことを長々と書かねばならなかったのか。現実を見れば、共産主義の人間観が幼稚であり、ベトナム戦争の「解放」は人間の解放ではありえないことは明確ではないか。

それが歴史的限界なのである。歴史には正義の方向がある、というのが当時のインテリ多数派の共通理解であった。その動きに水を差す言動は文字通り「反動」であり、激しい攻撃の対象であった。ベトナム戦争に関して言えば、アメリカ帝国主義が反動で、北ベトナム軍が正義であった。この「教義」に、多少なりとも異を唱えるためには、上記のような、慎重にも慎重を重ねた言い訳が必要だったのである。

そうは言っても著者は知っている。著者は書く。
それならば、陥落前のサイゴン住民を支配したあの必死の空気は何だったのか、また、あのおびただしい数のソ連製の戦車群を目にしたときに私自身の全身を包んだ、あの、何か荒蓼とした感覚は何だったのか、と私は問い続ける。(p.235)

時代の制約に配慮しつつも、著者のスタンスは結局はぶれてはいない。このことが本書を不朽の名作にしているゆえんであろう。


サイゴンから来た妻と娘
  • 近藤 紘一 (著)
  • 文庫: 267ページ
  • 出版社: 文藝春秋 (1981/7/25)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4167269015
  • ISBN-13: 978-4167269012
  • 発売日: 1981/7/25
  • 商品の寸法: 15.2 x 10.6 x 1.4 cm

2012年4月5日木曜日

追憶 コレクターズ・エディション [DVD]


バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードの共演による名作。学生時代、テレビか何かで中途半端に見て、一度ちゃんと見たいとずっと思っていた。1000円でDVDが買えるとはいい時代になったものである。

理想主義者のケイティー(バーブラ・ストライサンド)は学生時代から政治活動に没頭していた。生真面目な彼女は文学の愛好者でもあったが、 キャンパスでも勉強しているそぶりすら見せなかったスポーツマンのハベル(ロバート・レッドフォード)が、すばらしい短編を文学創作の授業で提出したことを知り衝撃を受ける。女子学生憧れの的のハベルのノンポリぶりに時折いらだちつつも、ケイティーは彼の才能に惹かれてゆく。

卒業後偶然の出会いを果たした時、彼女は自分の家でハベルに一冊の本を見せる。それは出版社の目に留まり本となったハベルの短編であった。卒業後、彼女の中では、いつしかハベルは理想の人となっており、彼の成功をまるで自分のことのように思うようになっていた。ケイティーは彼の心を射止めることに情熱を燃やす。ハベルは彼女を当初は敬遠していたが、ケイティーが彼の才能の最良の理解者であることを悟り心を開く。

ケイティーは文学を追求すべきとの考えであったが妥協し、小説を映画のシナリオとして売るべく二人でハリウッドに行く。当初は当時の純文学の聖地フランスの文壇で勝負するとの考えをケイティーは捨てていなかったが、当座の成功と、それがもたらす豊かな生活に、人生最良の時をお互い楽しむ。

しかしまもなく戦後のマッカーシズムの嵐が二人の関係に少しずつ亀裂を生む。理不尽な査問にあくまで反対すべきというケイティー。青い理想主義は何にもならないと言うハベル。ケイティーは彼の成功のために、政治的な理想主義を降ろすことを決心するが、その頃には諍いに疲れ、また作家としても自信をなくしていたハベルが、学生時代の恋人キャロル(ロイス・チャイルズ)との関係を復活させていた。ケイティーは、自分の愛が結局彼を変えることができなかったことを悟る。彼女の理想の人ハベルは、現実には存在しなかったのだ。彼もまた、文学の理想をあきらめ、いわば商業主義に迎合した手っ取り早い成功の道を選ぶ。

別離の後、偶然二人はニューヨークのプラザホテルの前で会う。ケイティーは反核活動家としてビラをまき、ハベルはテレビのシナリオライターとして新しい妻とホテルに滞在していた。二人はお互いが、分かれた時と同じベクトルで、違う方向にそのまま進んでしまったことを認める。お互いの距離はもう埋められない。以前の楽しかった思い出は、もう思い出の中にしかない。「追憶のテーマ」が切なく流れ、映画は終わる。

青春の理想主義の切なさを、アメリカ映画らしからぬ哀愁に乗せて描く名作。



追憶 コレクターズ・エディション [DVD]
  • バーブラ・ストライサンド (出演), ロバート・レッドフォード (出演), シドニー・ポラック (監督) | 形式: DVD
  • 出演: バーブラ・ストライサンド, ロバート・レッドフォード, ブラッドフォード・ディルマン, ビベカ・リンドフォース
  • 監督: シドニー・ポラック
  • 形式: Color, Subtitled
  • 言語 英語
  • 字幕: 日本語
  • リージョンコード: リージョン2
  • ディスク枚数: 1
  • 販売元: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • DVD発売日: 2011/01/26
  • 時間: 118 分

2012年3月31日土曜日

「アヘン王国潜入記」

黄金の三角地帯として知られるミャンマー、タイ、中国の国境山岳地帯にあるミャンマーの「ワ州」に入って数ヶ月起居を共にし、なんとアヘンの栽培まで一緒にやって、しまいには自分がアヘン中毒になってしまった顛末を記したルポルタージュ。あらかじめビルマ語でも中国でもない「ワ語」を習ってまで入り込む作者は、気合十分すぎる冒険ジャーナリスト、現代の偉人である。本書は、本人が「文庫版あとがき」に書く通り、作者高野氏の著作の中で「背骨」にあたる代表作である。その臨場感は圧倒的で、望むらくはもう少し写真がほしいところだが、それでも民族ものルポルタージュの中では疑いなく最高傑作の部類に入る。

東南アジアを描いたノンフィクションは、日本との歴史的な経緯もあり非常にたくさんある。その中で、何の気負いもなく面白いものを面白く描いている本書に、強い感慨を覚えざるを得なかった。

それはこういうことだ。ベトナム戦争の頃、といっても私もまだ生まれているかいないかの遠い昔、海外旅行さえまで一般的でなかった時代、民族もののルポルタージュというのはジャーナリストの専売特許のようなものであった。その多くには、歴史の進むべき方向にはある正義があり、その正義に沿って進むよう世界に訴えかけることが自らの使命であるとの思いが多かれ少なかれ存在していることがわかる。ベトナム戦争は、超大国アメリカが、いわば帝国主義的悪意から小国を服属させんと全力を挙げる戦いであると当時は考えられていた。小国ベトナムは、民族自決と社会的不平等の撤廃などの理想的理念を掲げて、乏しい武器で大国に立ち向かう。米国の物量に敗れた敗戦の記憶ともあいまって、大多数の市民はベトナムに肩入れした。

しかし今から当時を見れば、ベトナム戦争は単に冷戦の所産、代理戦争と言わざるを得ず、「ベトナム解放」後、共産党政権による人権蹂躙によって100万人以上のインドシナ難民が発生した。今ではベトナム政府は、経済的には市場経済路線を採択するに至っている。醒めた目で見れば、当時信じられていた歴史の必然というものはほとんど何の痕跡もないとすら言える。

当時のジャーナリストたちが書いた「正義の」民族的ルポルタージュは、時代に消費され朽ちていった。当時信じられた歴史の必然などというものは幻で、そういう幻に依拠した物語はいわばオカルトに過ぎない。我々の時代は、当時信じられた歴史の座標軸を失った時代である。だからこそ、自分の興味それ自体を普遍化する作業が必要である。それは面白いものを面白く描くということであるが、単なる自慰の枠を出るためには、既成の「正義」に寄りかかるよりはるかに高度な才能が必要である。

なお、あとがきにあるように、本書は当初日本では出版社の興味を引かず、英訳版が先行して発売された。 そのあたりの経緯も、この国の今を考える上では興味深いものがある。


アヘン王国潜入記
  • 高野 秀行 (著)
  • 文庫: 392ページ
  • 出版社: 集英社 (2007/3/20)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4087461386
  • ISBN-13: 978-4087461381
  • 発売日: 2007/3/20
  • 商品の寸法: 15.2 x 10.6 x 2 cm


The Shore Beyond Good and Evil: A Report from Inside Burma's Opium Kingdom
  • Hideyuki Takano
  • ハードカバー: 277ページ
  • 出版社: Kotan Publishing, Inc.; illustrated edition版 (2002/7/1)
  • 言語 英語, 英語, 英語
  • ISBN-10: 0970171617
  • ISBN-13: 978-0970171610
  • 発売日: 2002/7/1
  • 商品の寸法: 22.2 x 15.4 x 2.5 cm

2012年3月10日土曜日

地雷を踏んだらサヨウナラ [DVD]

カンボジアで消息を絶った若き戦場カメラマン一ノ瀬泰造のカンボジアでの日々をつづった映画。

戦場カメラマンという職業は今の日本ではいまひとつピンと来ないが、1970年前後、敗戦のネガティブな記憶が色濃く残る日本では、おそらく最高にカッコいい職業であったのだろう。一ノ瀬は、言ってみれば殉教者として、死後若者たちの英雄となる。ロバート・キャパ賞(Robert Capa Gold Medal)を追贈された沢田教一のような国際的大物と違い実績十分とは言いがたいにもかかわらず、いまだにこのように、新進気鋭の俳優の主演で演じられるほど伝説化しているのは、同名の書籍が彼の純粋な思いを色褪せぬ言葉と映像で世に伝え続けているためであろうか(私は書籍は読んでいない)。

一ノ瀬は、愛情ある知的な両親に育てられた。彼の死後、母上を中心に、遺稿の出版が幾度かなされた。母上のインタビュー記事を見ると、一ノ瀬が、ただの功名心に駆られただけの男とはどうやら一線を画していることがわかる。
大学時代はボクサーを撮ったりしてましたけど、『実際やらないとわからない、撮れない』と自分でもジムに通って練習して、試合にも出ていました。外からじゃなく、いつも被写体の中に入りこんで写真を撮っていました。戦地でも、まず現地の人々と心が通うこと。常にそこから撮っていたようです。一ノ瀬信子さんインタビュー記事より) 
彼は反戦運動の政治的スローガンに踊って戦地に行ったのではなく、彼の中では、戦地のカンボジアに向かうことは何らかの内的必然性があったに違いない。ボクシングを撮るために自らボクサーになろうとしたように、人間の何かの真実が戦地にあると信じ、それを掴み取るために現地に飛んだに違いない。そういう芸術家の内的衝動を描くのに、映画というメディアはほぼ理想的だと私は思った。

しかし残念ながら、この映画には、浅野忠信という俳優を安く消費した映画、といった程度の感想しかない。一ノ瀬があの恐怖のクメール・ルージュ支配下のアンコールワットを目指した内的衝動は何一つわからないし、カンボジア人の「親友」との交流の描き方も表層的で、心に迫るものがない。現地の子供の人気者だった、しかし子供が内戦の巻き添えで死ぬ、あるいは地雷を踏んで死ぬ、悲惨だ、悲しい、というようなお手軽ストーリー。現地の美人ウェイトレスとの公式どおりの恋のシーン。視界が狭い画像。荒れた絵。浅野忠信のいかにも素人っぽいカメラ扱い。映画として楽しめる要素がほとんど何もなく、近年見た中で有数の退屈作といわざるを得ない。

一ノ瀬泰造は、この映画ほど退屈な男ではないと信じたい。


地雷を踏んだらサヨウナラ [DVD]
  • 出演: 浅野忠信, 川津祐介, 羽田美智子
  • 監督: 五十嵐匠
  • 形式: Color, DTS Stereo, Widescreen
  • 言語 英語, 日本語, ベトナム語
  • 字幕: 日本語
  • リージョンコード: リージョン2 
  • 画面サイズ: 1.78:1
  • ディスク枚数: 1
  • 販売元: アミューズ・ビデオ
  • DVD発売日: 2006/06/23
  • 時間: 111 分