2010年9月4日土曜日

「競争優位のイノベーション ― 組織変革と再生への実践ガイド」

企業が技術革新に追随して高い業績を保つためには、不断の組織変革が必須である、と説くビジネス書。本書の著者はコロンビアおよびスタンフォード大学のビジネススクールの教授で、組織論を専門とする。実地のコンサルティング経験も豊富なようである。原著 "Winning through Innovation" は1997年刊で、直ちに翻訳され、折からのMBAブームもあり、わが国においてもっとも売れたビジネス書のひとつとなった。

本書を、同じ年に書かれたクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』と対比的に読むのはきわめて興味深い。『イノベーションのジレンマ』では、いくつかの業界における企業の栄枯盛衰を表す実証研究から、組織内部のプロセス変革により破壊的イノベーションに対応するのは基本的に不可能であるという結論を導いている。経営層が顧客のニーズを的確に経営判断に生かす能力があり、そして組織の意識決定プロセスがその決定を迅速に行動に移せる、というのは疑いなく優れた企業の特徴であるが、まさにこの特徴が、破壊的イノベーションへの対応を遅らせるというのである。生き延びたごく少数の企業は、内部変革ではなく、スピンアウトによる独立組織や半独立の内部組織という形で新しい市場に対応した。クリステンセンの本には、本書で説くような内部変革に成功した事例は出てこない。過去にほぼ存在しなかったためであろう。

にもかかわらず、本書では、イノベーションに追従できなかったのはまさにプロセス変革に問題があったためと考えて、「業績のギャップを認識しなさい」などの命題を繰り返す。だとすれば本書には、クリステンセンの見出しえなかった秘密のメカニズムが明らかにされているのだろうか? あるいは目から鱗が落ちるような画期的な処方箋が提示されているのだろうか?

本書の第4章では組織の望ましい問題解決プロセスが詳述されている。
  1. 担当部門の業績のギャップを特定し、変革の機会をどれだけ早めるかを明らかにする(p.75)
  2. 重要問題と業務プロセスを描く(p.77)
  3. 組織の整合性チェック(p.78)
  4. 解決策を考え、修正措置を講じる(p.84)
  5. 反応を確認し、結果から学びとる(p.87)

これ自体は、優れた組織であれば当然目指すべき内容であり、文句のつけようがない。実際、企業の幹部候補向けの多くの研修プログラムは、このようなプロセスを前提にしてさまざまなケーススタディを取り扱う。しかし問題は、クリステンセンが実証的に述べているように、破壊的イノベーションの前夜においては、真の意味で「担当部門の業績のギャップを特定」することなどできはしないということである。

面白いことに、著者タッシュマンとオーライリーもまた、破壊的イノベーションによるゲームのルールの劇的な変更についてよく認識している。
テクノロジー・サイクルの引き金になるのは、不連続的なテクノロジーの出現である。すなわち、珍しい、予測できない出来事が科学や工学の進歩によって引き起こされるのである(たとえば、時計のゼンマイが電池の取って代わられた例)。不連続的なテクノロジーの出現で、既存の漸進型イノベーションのパターンは断ち切られ、テクノロジーの動乱期、すなわちサイクルの第2段階(...)が訪れる。(p.196)

ここで「予測できない出来事」と彼らが言っていることに注目したい。もし予測できないのであれば、「担当部門の業績のギャップを特定」などできはしないのではないだろうか。実際、優れた経営で知られた過去の企業のほとんどが、予測せざる急速な事態の悪化がゆえに死に至ったのではないか。

もっともタッシュマンとオーライリーもそれに無自覚というわけではない。第7章で彼らは、不連続的な技術変革へ対処するための組織は、「両刀使いのできる組織」(p.203)であると説く。結局、クリステンセンと同様、スピンアウト型か半独立型の組織を称揚しているわけである。しかしこれは、内部的な改革は無駄だから、新しい技術に対応できる新しい組織を外に作りましょう、と主張しているに等しい。だとすれば、彼らがそれまで述べてきた、漸進的に自己改革するための方法論というのは無意味ということになりはしないだろうか。

彼らの組織論は結局のところ、不連続的なテクノロジーがまだ起きていない定常状態のマーケットの中でしか有効ではない。もちろん、何割かの企業は、そのような幸せに安定した市場の中でさえ、顧客の意向を汲み取るのに失敗しているから、その範囲では有効である。しかし本書のタイトルにある「競争優位のイノベーション」に対しては現実的有効性を持たぬ空理空論でしかない。

本書はさまざまな企業の管理職向けの研修教材として使われているはずである。しかし上述の通り、本書をいかに学習しても、将来の破壊的イノベーションに立ち向かう力は出てこない。むしろ、認識されたギャップを迅速に行動に移すためには社内のすり合わせを最適化せざるを得ず、内向きなマインドを醸成しがちであるという点で、有害なことすらあるだろう。はっきり言っておこう。本書を素朴に「古典」として持ち上げる教官がいるような研修は話半分に聞いたほうがいい。本書の受け売りをするコンサルタントも信用しないほうがいい。真に大切なのは、破壊的イノベーションを生み出すバイタリティと、その際にスピンアウト的起業を可能にする自由な空気を普段から醸成しておくことである。それに対する簡単な処方箋はまだないが、問題を解く鍵が、本書のような一見もっともらしい組織論の外にあることだけは確かだ。


競争優位のイノベーション ― 組織変革と再生への実践ガイド

  • マイケル・L・タッシュマン (著), チャールズ・A・オーライリーIII世 (著), 平野 和子 (翻訳) 
  • 単行本: 284ページ
  • 出版社: ダイヤモンド社 (1997/11)
  • ISBN-10: 4478372292
  • ISBN-13: 978-4478372296
  • 発売日: 1997/11
  • 商品の寸法: 19.2 x 13.4 x 2.2 cm

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