私が読んだのは原著の英語版の方である。終戦間際の混乱で、父と兄とはぐれた母子3人は、"Korean Communist Army"と本書の中で呼ばれている朝鮮人武装集団の襲撃から何とか逃れつつ、途中まで列車で、その後徒歩で38度線南側のソウルを目指す。主人公は、”Little one”こと11歳のヨーコである。藤原てい『流れる星は生きている』をはじめとして何冊か引き揚げ系の本は読んだのだが、"Korean Communist Army" に該当する単語を見た記憶はなく、興味を引かれた。
満州および朝鮮において、日本の敗戦と同時に難民となり、日本に引き揚げて来た人々の多くの証言が平和祈念展示資料館というところでまとめられている。非常に多くの引揚者が恐怖とともに回想しているのがソ連兵による略奪・暴行だ。混乱の中でいくつかの証言には事実誤認もあるかもしれないが、これは歴史的事実として認定してよいだろう。
回想記によれば、ソ連兵と並び恐怖の対象だったのが、「保安隊」と呼ばれる集団である。調べると、まさにこれが本書の主人公である川嶋一家を恐怖に陥れた朝鮮人の武装集団なのであった。今でこそ北朝鮮政府は、あたかも自分たちが戦勝国であるかのように抗日戦争の勝利を喧伝しているが、彼らには日本軍に組織的抵抗を行うだけの実態はなかった。彼らはただの私兵集団であり、日本敗戦後、日本人からの略奪により肥大化し、そうして現在の北朝鮮警察の元になった、というのが自然な理解である。その成り立ちからして、初期のソ連兵同様、彼らに規律を求めても無駄だったろう。
日本の出版業界では、かつての拉致問題がそうだったように、朝鮮人による犯罪を明示的に指摘するのは長い間困難であった。「保安隊」というのはある意味婉曲表現である。その結果、あたかもソ連兵のみが乱暴だったような記憶が日本には残っているが、それは事実と違う(言葉が文献に残されると、そのまま歴史になってしまう好例である)。作中、保安隊こと Korean Communist Armyは、ソ連製のマンドリン銃と思しき銃で武装し、日本人相手に(朝鮮人同士ですらも)陵辱の限りを尽くす。
かといって朝鮮人をひたすら鬼のように描いているわけではなく、元々仲良く暮らしていたLee一家との思い出、ヨーコの兄を助けた朝鮮人家族、逆に、冷酷な住職や詐欺まがいの取引を持ちかける日本人、帰国後ヨーコを悩ませた女学校でのいじめなど、日本人のいやな一面も描かれている。
現在の日本では、引き揚げの辛苦を語ることは倫理的に間違ったことだと思われている。「侵略」をしたのだから、侵略者は殺されても仕方ない、という論理だ。興味深いことに、人権派と呼ばれる人にその傾向が強い。しかし、非戦闘員が陵辱にさらされることを正当化する法は、当時も今も何もない。彼らは国際法上の難民である。現在の世界でも、難民はいたるところに発生している。2015年のシリア危機は記憶に新しい。国を追われる人々にはそれぞれ理由がある。国籍がゆえに排斥を受ける人もあれば、宗教がゆえに排斥を受ける人もいる。どちらにしても、そういう、個人とは無関係な政治的な理由により、難民に対する殺人や略奪を「仕方がなかった」と正当化するのは、現在ボコ・ハラムがやっているテロ行為を正当化するのと変わりがない。
ある統計によれば、満州などソ連占領地区にいた百万人以上の日本人のうち、およそ1/4の人たちが引き揚げの過程で犠牲になったという。過大な数字にも思えるが、常識的な言葉で言えば、戦争により発生した難民という立場の弱い人たちに、かさにかかって略奪の限りを尽くした恥ずべき人たちが、中国と朝鮮には大量にいた、ということである。
著者はアメリカで、韓国人集団の攻撃にさらされているようであるが、政治レベルでの判断の誤りと、個人のレベルでの犯罪を混同しないだけの判断力を身につけたい。
So Far from the Bamboo Grove [Kindle版]
- Yoko Kawashima Watkins
- フォーマット: Kindle版
- ファイルサイズ: 1045 KB
- 紙の本の長さ: 196 ページ
- 出版社: HarperCollins; 1st Beech Tree ed版 (2014/6/24)
- 言語: 英語
- ASIN: B00JOGB0QE
竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記
- 著者: ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ
- ハードカバー: 236ページ
- 出版社: ハート出版 (2013/7/11)
- 言語: 日本語
- ISBN-10: 4892959219
- ISBN-13: 978-4892959219
- 発売日: 2013/7/11
- 商品パッケージの寸法: 18.5 x 13 x 2 cm
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