2016年1月24日日曜日

「芸能人はなぜ干されるのか」

芸能人が「干される」という現象について、豊富な実例とていねいな取材で実証的に論じた本。

題名からしてトンデモ本かと思いきや、硬派なルポルタージュといったほうがよい。常に何らかの文献か取材に基づき、芸能記事にありがちな憶測記事を極力廃している。著者は相当リテラシーの高い方のようで、ハリウッドや韓国での事情はもちろん、法律・行政面での事実の確認も抜かりない。さらに、紹介される事例も豊富かつ興味深いものばかりだ。私が子どもの頃、女の子に人気があった田原俊彦がなぜ急に消えたのか、一時期話題になった北野誠事件が何だったのか、よくうわさされるジャニーズ事務所での性的虐待は本当なのかなど、初めて合点がいったことが多数ある。

なぜこの本を読もうかと思ったかと言えば、最近Youtubeでも流れたSMAPの謝罪生放送というやつがさっぱり理解できなかったからである。「お騒がせしてすみません」という(日本以外では説明が難しい)論理はわかるのだが、それ以上のことは何一つわからない。草剪氏の言によれば、事務所オーナーが怒っていて、その人に謝るというのがどうやら趣旨のようだが、そうだとすればテレビでやる必要は何もない。これは業界向け、他事務所に宛てた警告なのかもしれない。しかしタレントにそんなことをさせるメリットは素人目にはわからない。


と、思って探してみると、なんと、この騒動の発端となった内紛が当事者へのインタビュー記事として読めるのであった。メリー喜多川という事務所のトップの行状はすごい。飯島というSMAPのマネージャーをいきなりインタビューの現場に呼びつけ、記者の面前で罵倒しつつ、あんたはなってない、自分の娘を後継にするとの趣旨の宣言。この非常識きわまる暴君ぶりは一体何なのか。

ひとつの説明は、メリー喜多川氏が加齢によりやや正常な判断力を失っているというものだ。感情の起伏が制御不能なほど激しくなるというのは、痴呆の前駆症状としてよくあるようだ。もうひとつの説明は、冒頭の本で詳細に述べられているような芸能界の特殊な労働慣行があるというものだ。おそらくその両方なのだろう。

これらの本を読むと、芸能界がいかに封建的な人間関係で支配されているかがよくわかる。メディアが巨大産業になってもなお、かつての五社協定のような状況は変わっていない。五社協定は、早くも1950年代には人権擁護局および公正取引委員会から違法行為との指摘を受けている。基本的人権の観点でも、独占禁止法の観点でも、違法なのである。世の中には確かに必要悪というものはあろう。しかし公正な市場競争を妨げた結果、作品の質の低下に歯止めがかからず、大衆から見放され映画界は斜陽化した。協定を作った5社のうち2社は倒産し、後で参加した日活はポルノ映画の会社となった。最近はテレビ離れの傾向にも歯止めがかからない。これらはすべて、カルテルによりイノベーションを拒否した業界の末期的な症状である。

日本のメディア、エンターテイメント業界の、とりわけアメリカと比べたときの特徴は、その専門性の低さである。大統領選挙で誰を支持するかについて女優が意見を述べるような文化は日本にはない。かといって、メディアを動かす側の知的能力も低いので、本書の冒頭にメディア関係者の話として挙げられているように、何か正義(あるいは単に経済原理)のために動くというような行動原理は期待できず、「偉い人に媚びる」というただただ現状維持の行動原理がまかり通っている。そこにはイノベーションが生まれるはずもない。これは停滞に苦しむ日本の縮図といえよう。彼らは醜い守旧派勢力であり、自分の国の衰退を推し進める害虫のようなものだ。

本書には賎業として始まった芸能界の歴史的経緯にも触れられている。私はそのような蔑視にはまったく与しないが、そのような歴史経緯とは完全に無関係な意味において、今の彼らがやっていることは、文字通り賎業と言えよう。

芸能人はなぜ干されるのか?: 芸能界独占禁止法違反 [Kindle版]

  • 星野 陽平 (著)
  • フォーマット: Kindle版
  • ファイルサイズ: 4168 KB
  • 紙の本の長さ: 301 ページ
  • 出版社: 鹿砦社 (2015/9/24)
  • 言語: 日本語
  • ASIN: B015T56TF0

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