2013年1月4日金曜日

Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth

インドや中国といった新興国市場での最新の成功事例を元に、イノベーションのための新しいアプローチについて論じた本。書名のJugaadというのは「ジュガード」と読み、英語だとDo-it-yourself 、中国語だと自主創新にあたるらしい。日本語だと創意工夫精神、くらいか。

イノベーションのやり方に変革が必要であると主張する著者らの主たる根拠は、世界の経済の中心が新興国市場にシフトしつつあるということだ。The West、すなわち西欧の先進国では、これまで大きな研究開発部門を持つ会社でシステマティックに新技術を生み出すというやり方が主流であった。しかし新興国市場ではそういうやり方はうまくいかないだろうと著者らは説く。

著者らによれば新興国市場の特徴は次の5つの言葉でまとめられる。

  • scarcity
    資源はますます欠乏してゆく。これまでのような大量消費型のモデルはうまくいかない
  • diversity
    インドや中国では地域ごとの多様性が高い。アメリカのような一様な消費社会は前提にできない
  • interconnectivity
    新興国では携帯電話に代表される新しいIT機器への渇望が強く、そのようなメディアを使った口コミが急速に進展する
  • velocity
    製品のライフサイクルはますます短くなる
  • breakneck globalization
    経済の重心は急速に米国からアジアに移動する
このような背景を共有した後、著者らは次のように述べる。
It is clear that the West must build a new innovation engine that allows it to innovate faster, better, and cheaper. To do so, Western firms must find new sources of inspiration. (p.17)
歯切れよい宣言である。そしてその実行に向けて、著者はJugaadの6原則というのを次のように列挙する。
  • Seek opportunity in adversity
    製品の想定が市場に合わないことがわかったら、それを新たな機会と捉える
  • Do more with less
    新興国では巨大インフラや、高価な設備を前提しない新しいモデルを想定する方がいい
  • Think and act flexibly
    従来型のモデルに合わない状況が出てきても、むしろ自分をそこにあわせるよう柔軟に考える
  • Keep it simple
    コテコテを機能を盛り込もうとするエンジニア的発想ではなくて、市場が本質的に求めている機能に絞る
  • Include the margin
    いわゆるLong-tailの部分など、従来はマイナーなセグメントだと思われていた市場に着目する。
  • Follow your heart
    研究室にこもっていないで市場の声に耳を傾ける。

そしてこれらは、オーケストラではなくてまるでジャズのように、同時多発的・即興的なやり方でクイックに作られ、試されなければならない。Chapter 2以降、これらのそれぞれについて、豊富な成功事例を元に、我々がどうすべきかの示唆を与える。

本書で紹介されるそれぞれの事例は非常に興味深い。たとえば、いまや世界最大の家電メーカーとなったハイアールの例では、中国において頻発する洗濯機の故障を分析して、農村部では洗濯機を使って野菜を洗うユーザーが多いことを見出す。通常の企業だと「それは仕様外」と言うことになろうが、ハイアールは、排水パイプを極太にするなどの改良を重ねて、野菜も洗える洗濯機、という新製品を発売する。それはまさに創意工夫の勝利であり、新興国市場の状況を象徴的に表す。

ただ、その事例にしても、「うまくいったから正しい」という後付けの理由に過ぎないようにも見える。たとえば、顧客の声に耳を傾ける、というのは聞こえはよいが、そうしたからと言って常にうまくいくわけではない。有名な反例が「ハンドルつきのLet's note」だ。

著者らは、従来のシステマティックな、Six Sigma流のアプローチでは新しいイノベーションは生まれないと説く。3Mにおいて、そのようなアプローチがいかに業績を沈滞させたかがChap 2において詳しく解説される。イノベーションと、システマティックな改善活動との間の緊張関係は、Innovator's Dilemma でも論じられたようによく知られており、実際には、破壊的イノベーションは常に従来の枠組みから外れたところで現れる。AS-ISのあり方を前提に、それを改善し精度を上げるというアプローチとはある意味で逆である。この意味で、異質な環境が新しい思考を要求する新興国市場は、イノベーションの格好の揺り篭になりえるという著者らの直感は正しい。

ただ、豊富な事例を挙げれば挙げるほど、著者らのロジックはやはりアドホックに聞こえがちである。Jugaadをビジネスにおいてどう実践するか。この問いに答えるために、Chap 8ではGEにおける事例が詳しく紹介される。GEは、インドを中心にして、ヘルスケアビジネスで大きな成功を収めている。その要因は、現地の事情に即したモデルをいち早く構築したことにある。たとえば、ポジトロン断層法とかCTスキャナ、あるいは超音波診断装置はインドでは高価すぎてマーケットが広がらない。そこで、GEのエンジニアは超小型の心電図測定装置や、携帯型の超音波診断装置を開発した。また、現地企業と協業してポジトロン断層法で必要な放射性同位元素を現地調達できる仕組みを調達した。しかし、確かにそれはインドで成功したという意味ではJugaadな性質を持っていたともいえるのだろうが、装置の小型化は通常のシステマティックなR&Dの枠内とも言える。著者らの主張は必ずしも明確ではない。

著者らの、CEOに向けたメッセージはこのようなものだ。
  • トップダウンよりボトムアップなイノベーションに注目せよ
  • 社内にもあるはずのJugaadを顕彰せよ
  • 現在のR&Dモデルが恐竜化していることに危機感を喚起せよ
  • 発明を事業化するスピードに注意を払え
  • ソーシャルメディアを活用せよ
それぞれに反対する理由はないのだが、それを具体的にどうするかはやはりよくわからないのである。

本書は、新興国における豊富なケーススタディを要領よくまとめており、米国のビジネスのコミュニティでの新興国に向ける熱い視線がよくわかる。しかし新イノベーション論として読むためには考察が浅いと感じざるを得ない。繰り返しになるが、新興国において成功した事例にJugaad的特徴があることはわかるが、論理的には、それは必要条件を言っているだけであり、十分条件ではない。結局、Jugaadなアプローチを従来型R&Dと相補的に使うことでスピードとスケーラビリティの両方を実現できる、というような結論になるのだが、冒頭で力強く述べられたリソースの欠乏とビジネス的スケーラビリティとの関係など、わからないことが多い。

悪く言えば、米国的大量消費モデルを国外に拡張して、これまでのような経済的繁栄を謳歌しようという、米国的強欲が透けて見えると言えなくもない。素直に取れば、真のJugaadとは、massとして成長しないことを前提にした新たな世界観とともにあるべきではないのか。本書においては悲しいほど無視されているわが日本であるが、そこには日本人的なセンスが必要になると信じたい。


Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth
  • Kevin Roberts (はしがき), Navi Radjou (著), Jaideep Prabhu (著), Simone Ahuja (著) 
  • ハードカバー: 288ページ 
  • 出版社: Jossey-Bass; 1版 (2012/4/10) 
  • 言語 英語, 
  • ISBN-10: 1118249747 ISBN-13: 978-1118249741 
  • 発売日: 2012/4/10 
  • 商品の寸法: 16.2 x 2.6 x 23.7 cm

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