2011年6月30日木曜日

「金正日と日本の知識人」

悩む力』というミリオンセラーの著者として一般にもよく知られる姜尚中という名前の韓国人文化タレントと、北朝鮮政府の政治方針について論争した本。いわゆる右翼vs知識人、という話ではなくて、むしろ在日朝鮮人のサポーターとして長らく活動してきた著名な人権派弁護士からの根底的批判という点で興味深い。

本書を手に取ったとき、川人博という著者名にはどこか見覚えがある気がしていた。本棚に目をやると、『過労自殺』という硬派な本の著者であった。川人氏は長い間、人権派の立場から労働問題に関わり、その流れで自然と、在日問題にも関わるようになった。活動の過程で川人氏は、北朝鮮・朝鮮総連が、忌まわしい人権侵害の主体であり、拉致、覚醒剤密輸などの明白な犯罪行為を実行していることを知る。彼は在日朝鮮人を支援してきた自分の行為が、そういう反社会的活動を支えているも同然であることを悟る。本書第3章にはそういう川人氏の個人的な思いがつづられており胸を打つ。

本書は、2007年に『諸君』と『週刊朝日』にて交わされた川人氏と姜氏との論争を主要な内容とするが(第1章)、実は論争自体には見るべき点はない。姜氏が論点のはぐらかしに終始しているからである。本書で批判的に取り上げられる和田春樹、佐高信、水島朝穂といった反体制文化人と、川人氏の気高さとのコントラストは、ほとんど物悲しいほどである。

終章、「アジアの人権と平和を求めて」において、川人氏は再び自分史に戻る。
社会的な区分分けから見れば「左派」に属する私が、拉致問題にかかわる直接のきっかけとなったのは、1999年に横田夫妻の著書を読み、居ても立ってもいられなくなったからである。私がその本を読んだ時、1970年後半から80年代前半にかけての北朝鮮工作員協力者の刑事弁護活動体験がフラッシュバックした。また、幼い頃からともに遊んですごした在日の人々を想起した。そして、他にどんな忙しい仕事や重要な仕事があっても、これからの人生で、自分としてできることをしよう、との思いに至った。 
そして私は、北朝鮮問題に取り組む中で、拉致とは、戦後平和主義の脆弱さを突いたものであると認識するようになり、拉致問題を通じて戦後平和主義の陥穽を見るようになった。(p.177)  
そうして、日本国憲法第九条が独裁国家によって利用され続けてきたという、おそらくは人権派弁護士にとっては痛切な事実を明確に指摘するのである。

私はこれまでの人生経験から、この世には2種類の人間がいることを知った。絶対音感ならぬ絶対価値観を心に持つ人間と、相対価値観のみを持つ人間である。人生、といった長い時間尺度において誠実さを保ち続けられるのはもっぱら前者である。姜尚中がどちらなのかは知らない。本書に刻まれた言葉の並々ならぬ迫力は、川人氏が、自分の中の絶対的座標軸に照らし常に誠実に生きてきたことことを示している。


金正日と日本の知識人―アジアに正義ある平和を (講談社現代新書)

  • 川人 博 (著)
  • 新書: 208ページ
  • 出版社: 講談社 (2007/6/21)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 9784061498976
  • ISBN-13: 978-4061498976
  • ASIN: 4061498975
  • 発売日: 2007/6/21
  • 商品の寸法: 17.4 x 11.8 x 1.4 cm

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