2009年12月27日日曜日

「内側から見た富士通 『成果主義』の崩壊」


1993年に始められた富士通のいわゆる「成果主義」の10年史。著者の城繁幸は東大法学部を出て富士通人事部に入り、この本を書くのとほぼ同時に退社してフリーとなる。本書は、関係者ならではの内部告発感にあふれる内容だが、私怨のようなものを抑え、なるべく客観的に理想的な人事制度とはいかなるものかについて考察しているように見える。歯切れのよい言葉の数々と相俟って、人事制度の事例研究としては上質なものと言えるだろう。ちなみに著者はこの本で有名人となり、その後人事コンサルタントとして引っ張りだこの存在である。著者と同世代の者としては、キャリアパスとして実にうらやましい。

さて、ここで言う「成果主義」とは、各人は検証可能な目標を年初に立て、年度末にその達成度に応じて査定を行い、査定の結果を報酬に連動させる、という仕組みのことである。タイトルにあるとおり著者は、具体的な出来事を交えて、富士通の成果主義は失敗であったと強く主張している。

ここで誤解してはいけないのは、著者はあくまで、業績と給与を連動させるという意味での成果主義は不可欠だと考えており、旧来の年功序列の制度に回帰せよとは言ってはいないことだ。当然である。本書Chapter 6で詳述されるように、もは日本の大企業では、かつてのような右肩上がりの成長は望むべくもなく、年功序列人事制度を維持することは経済原則からしてありえない。すなわち本書の主たる主張は、富士通の成果主義の失敗は、運用上の問題に起因する、というものだと考えてよい。

ではどこに運用上の問題があったのか。著者は、ひとつだけ挙げるとすれば富士通の人事部が腐敗していたからだ、と断定しているが(p.149)、富士通とまったく同じ制度を他の会社で実行したとしても、やはりうまくはいかなかったろう。本書に書かれたさまざまな制度的欠陥から察すると、本質的には、人間の評価を、自明に計算できるような評価指標に丸投げしたという点であろう。

本書でも繰り返し述べられているように、パソコンの販売員のような職務は別にして、各従業員の業績を定量化するのは一般には難しい。というより無理である。無理なのだが、ある集団の中では、貢献度の高い側とさほどでもない側の区別は確実にある。貢献度のような尺度があるとすれば、それは上位から下位に向けて滑らかな諧調をなし、簡単に層別できるようなものではない。しかしそれでも、何らかの区別を導入し、それを給与に連動させること、すなわち、はっきり言えば、貢献度の低い側に分類された従業員の給与を切り下げることは、低成長下の経営戦略においては避けがたい。

経済原則からしてそれが不可避だとするのなら、目標管理制度と対になった成果主義制度の本質は、「自分の報酬に対する納得感の醸成」という点にしかない。上位管理職は、自らの見識に基づいて、ある程度具体的な経営行動戦略を立て、それを目標として開示しなければならない。下位の管理職は、会社の方針を部署の方針に落とし込み、整合性ある形で部下に提示しなければならない。そうして末端の従業員は、部署の方針と会社の大方針を理解し、それを自己のアクションに落とし込む。そうして評価の段になれば、そのアクション自体の成否と、それがどのように上位レベルの戦略に貢献したかを主張することになろう。そこで売り上げなどの定量的な指標があれば交渉はやりやすいだろうし、ない場合でも、定性的に、自分がチームに不可欠な人材である旨主張することは可能なはずだ。

結局、目標管理というのは、会社の戦略を末端まで浸透させるためのツールと考えるべきであり、目標管理に基づく成果主義とは、評価に対し納得感を醸成し、翌年の動機付けにつなげるための仕組みに過ぎない。目標さえ立ててればあとは成果が自動的に計量できるというものであるはずはないのである。

著者も指摘しているように、成果主義は、管理職になることが双六でいえば「あがり」に対応しているかのような、旧い年功序列制度とはまったく相容れない。チームのマネジメント業務は、それ自体専門職のようなものとして扱うべきであって、必要があれば人材管理に携わり、なければ現場でスペシャリストとして働けばよい。

本書を読んで怪訝に思ったのは、ここに登場する人事部の人たちは、一流大学を出た頭脳明晰な文系エリートのはずであるにも関わらず、人間の評価というものに対する理解がきわめて未熟に見えるという点である。理系オタクだから人間対応がまずい、というのなら(マスコミ的図式として)まだわかるのだが、取り立てて専門性もなく、かといって、人間力も低い、というのではどうしようもないのではないか。

しかし思えば、東大法学部卒などと言っても、新卒入社時で大学受験から5年しか経っておらず、しかも多くの者は、大学時代を単なるモラトリアムとしてやり過ごす。だとすれば、自分の才能を世に問うて厳しい評価にさらされるというような経験をする機会は、入社前にも、入社して「人事官僚」となりおおせた後にも、結局ないのかもしれない。強いて言えば、入社前の受験戦争がそれだったのかもしれないが、定量的評価軸を他者に完全に預けた上での画一的点数競争は、人事部員が持つべき価値観にはむしろ有害であろう。

日本は法文上位社会らしいので、本書に書かれているような切ない出来事は、結構普遍的なのかもしれない。本書が描く内容が、現在日本を覆う閉塞感を突破するヒントになっていればいいのだが。



内側から見た富士通「成果主義」の崩壊
  • 城 繁幸 (著)
  • 単行本: 235ページ
  • 出版社: 光文社 (2004/7/23)
  • ISBN-10: 4334933394
  • ISBN-13: 978-4334933395
  • 発売日: 2004/7/23

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