2012年8月31日金曜日

「良い戦略 悪い戦略」

ビジネス戦略論の世界的権威リチャード・P・ルメルトによる一般向けの戦略論の本。著者の経歴は面白い。著者はもともとはNASAのジェット推進研究所のエンジニアで、その後ハーバードビジネススクールで経営学の(修士号でなく)博士号を取得、その後ハーバード大学を経てUCLAに移る。ハーバードビジネスレビュー誌によれば、経営分野でもっとも影響力のある理論家のトップ20に選ばれているという(2011年、p.198)。

正直なところ、経営学方面の研究者の話は、自明な結論のもっともらしい提示か、一般化不可能なケーススタディの羅列、といった印象が強い。本書もある意味そういう本と言えるかもしれないが、著者の気合の入った経歴からもわかる通り、著者の分析的な視点は確かで、豊富に引かれるケーススタディの記述も、ほうと思わせる内容にあふれており退屈しない。

本書ではまず、「悪い戦略」とは何かを例を使って述べる(第3章)。著者のポイントはおおむね3つにまとめられる。
  • 空疎である
  • 問題の同定が不十分
  • 粒度が不適切
空疎な戦略、目標は 非常に多い。第3章で挙げられているのはたとえば、大手リテール銀行の「戦略」である。この銀行では「我々の基本戦略は、顧客中心の仲介サービスを提供することである」という「戦略」を持っているのだが(p.56)、顧客中心でないサービス業はないので無内容だし、仲介サービスというのは銀行業そのものである。したがって、「この銀行の戦略から厚化粧をはがせば、『我々の基本戦略は銀行であることである』となってしまう」(p.56)。

実際のところそういう「戦略」は非常に多い。目標や願望と戦略は明確に区別されるべきだ。さらに例を挙げて著者は言う。
マクラッケンの「売り上げを50%伸ばせ」というのは典型的な悪い戦略である。この手のスローガンが戦略としてまかり通っている企業があまりに多い。マクラッケンは目標を立てただけで、それを実現するための方法を設計していない。さらに言えば、成長とはあくまで戦略がうまくできたときに結果としてついてくるものであって、成長そのものを作り出そうとするのは間違っている。(p.312)

著者によれば、よい戦略とは次のような要素を持つ(第5章、p.108)。
  • 診断。事実を収集し、課題を見極める。
  • 基本方針の提示。
  • 行動計画の提示。基本方針を実行するための、一貫性のある一連の行動。
これらを著者は「カーネル(核心要素)」と呼ぶ。言うまでもなく重要なのは基本方針の提示である。これは「目標はビジョンではないし、願望の表現でもない。難局に立ち向かう方法を固め、他の選択肢を排除するのが基本方針である」(p117)。金融大手ウェルズ・ファーゴの例だとこのようになる。
  • ビジョン: 「すべてのお客様の金融ニーズに応え、より良い資産形成をお手伝いする。活動するすべての市場において、最高級の金融サービス・プロバイダーになり、アメリカで最も優れた企業のひとつとして世界に知られるようになる」
  • 基本方針:「より多様な金融商品を扱いネットワーク効果を活用する」
ビジョンや願望を基本方針と混同している例は、著者に指摘されるまでもなく非常に多いはずだ。

戦略のためにはまず、問題が同定されていなければならない。そのためには、テコの支点となるような事実があるはずで(第6章)、前提として阻害要因が同定されている必要がある(第8章)。それに基づいて、直近のアクションが長期的なロードマップとともに提示されていなければならない(第8章)。そのアクションは、しばしば複雑な設計プロセスのパラメターチューニングと同様な、高度な最適化問題となる(第9章)。

では、良い戦略が成功を勝ち取るためにはどういう上限が必要なのか。著者は4つのポイントを挙げている。
  • ビジネスにおける競争優位の活用(第12章)
  • 市場環境の変化の活用(第13章)
  • 変化に抗う慣性の認識(第14章)
  • 統合され首尾一貫した行動(第15章)
このようにまとめるとある意味自明なことではあるが、実行は非常に難しいのが常である。本書にある豊富な事例は、具体的に問題を考えてみる上で非常に参考になる。本書はおそらく、上級管理職必読の書と言えよう。


良い戦略、悪い戦略
  •  リチャード・P・ルメルト (著), 村井 章子 (翻訳) 
  • 単行本: 410ページ 
  • 出版社: 日本経済新聞出版社 (2012/6/23) 
  • ISBN-10: 4532318092 
  • ISBN-13: 978-4532318093 
  • 発売日: 2012/6/23 
  • 商品の寸法: 19.2 x 13.4 x 2.8 cm

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