2010年11月29日月曜日

「零戦の遺産―設計主務者が綴る名機の素顔 」

零戦の主任技師として有名な堀越二郎技師の回想録。数多くの制約の中でいかに最高の戦闘機を作り上げたかについて、当事者ならではの貴重な証言が数多く書かれており、一次資料として外せない本である。

しかし、この英雄的で悲劇的な兵器の物語として我々が期待するほど本書は読みやすくはなく、何より、世界中の文献から零戦を賞賛する引用をほとんど無数に引いていて、こういう要するに自慢満載の本を出版できる点に、堀越氏の特異なキャラクターが透けて見える。

堀越氏が何度も痛切の思いで語るのは、日本には高性能のエンジンを作る能力がなかったという点である。大戦後期に零戦を餌食にした米軍のF6Fヘルキャットが積んでいたのは2000馬力級のエンジンである。この2000馬力というのは、日本が作ることのできた最高のエンジンのほとんど2倍の出力である。軽自動車とスポーツカーくらい違う。しかし当時の戦士たちは、軽自動車に乗ってどうやってスポーツカーに勝つかを考えねばならなかった。そこで出てきたのが、軽装・軽量の機体により格闘戦に持ち込む、という戦術思想である。

この思想に基づいて、三菱の技師たちは最高の作品を作り上げた。大戦初期、まだエンジンの出力において日本の技術力の劣勢が顕著でなかった頃は確かに零戦は無敵であった。しかし産業の広がりにおいて圧倒的に勝る米国が強力なエンジンを作り上げた時、たとえ空力性能として凡庸なものであったとしても、それを搭載した戦闘機たちに、わが零戦が対抗する余地はほとんどなかったのである。

このエンジンについての彼我の能力差を理解することはこの戦争で日本海軍が取った戦術を理解する上で非常に重要である。よく言われることであるが、零戦の防御は米軍の戦闘機に比べて貧弱であった。しかし零戦は軽自動車なのである。軽自動車にボルボ並みの安全性能を求めるのは無理というものである。だとすれば、防御を犠牲にしても機体を軽量に保ち、高い格闘性能を求めるしか道はない。それは「進歩派」の人が指摘するような軍の人名軽視思想の現われということではなく、技術的に合理的な選択に過ぎないのである。


零戦の遺産―設計主務者が綴る名機の素顔 (光人社NF文庫)
堀越 二郎 (著)
文庫: 220ページ
出版社: 光人社 (2003/01)
ISBN-10: 4769820860
ISBN-13: 978-4769820864
発売日: 2003/01
商品の寸法: 15 x 10.6 x 0.8 cm

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