2012年7月8日日曜日

「たかが英語」

英語公用語化を本気で進めている楽天の、英語化に関する中間報告的著作。

個人的には私はこれまで、日本市場を主とする日本企業での英語化にはどちらかというと反対であった。日本の、きわめて多様性の低い言語環境で通じ合う何かがチームの強みとなっているという事実は確かにあり、それはむしろ誇るべきものと考えていた。

しかし楽天で求められているのは、そういう静的な緻密さではなく、ダイナミックに変動するインターネットの世界(そこの共通語は英語だ)の勘所をつかまえ、それを世界市場に展開する動的な荒々しさであった。 将来にわたって収縮を続けることが確実な日本市場(原発の停止は確実にその収縮を早めるだろう)から世界市場に進出するため、三木谷氏は、2010年年初に、数年後には社内の会議を英語に、という方針を打ち出した。しかしそれに漠然とした物足りなさを感じていた三木谷氏は、こう考える。
創業以来僕たちは一度も全力疾走したことがなかったのではないか。楽天が持ちえるエネルギーを、まだ半分も出していないのではないか。そろそろギヤをトップに切り替え、フルスピードで失踪しなければならないのではないか。(p.17) 
そうして同年の2月、全社員に、社内公用語英語化を宣言する。それからの施策は徹底したもので、役員会議での英語化から始まって、TOEICの点数、英語での会議数やメール数等のKPI(Key Performance Indicator)を徹底的に管理し、組織ごとに競わせた。三木谷氏の宣言から2年、最初に定義したTOEICの基準点 
  • 役員 800 
  • 上級管理職 750 
  • 中間管理職 700 
  • 初級管理職 650 
  • アシスタントマネジャー、一般社員 600 
に達せず、「レットゾーン」「イエローゾーン」と定義されたを社員の割合は、当初の6割強から1割弱に激減した(p.83)。

しかしTOEICは、一流大学に入れる程度の学力があれば800点くらいは取ることができよう。ある種「受験勉強」と割り切れば対応はできそうだ。難しいのは実業務そのものを英語化することだ。2012年2月末に「現在のあなたの英語スキルで、対応可能なシチュエーション」についてとったアンケートの結果が示されている。結果は相当悲観的で、「口頭で上司の指示を受け理解する」が30%、逆に「口頭で部下への業務の意図を説明、指示する」が15%強、「会議へ参加し、発言する」も15%程度、面談・交渉・商談にいたっては7-8%といったところだ。これらは普通の日常業務であるから、これができないというのは非常に厳しい。三木谷氏も、「最終的には社員全員がTOEICで800点を超え、実用レベルのスピーキング、ライティングの力をつけていかなくてはならない。これからさらに2~3年はかかるだろう。」と述べている(p.90)。

これを愚かと言うか勇断と言うか。三木谷氏は上記のように述べた後に、非常に興味深い考えを付け加えている。 
英語化プロジェクトを進めるうちにわかってきたことがある。それは、英語が特殊な能力ではなくなるということだ。みんなが英語をしゃべれるようになるので、それまで英語が得意で目立っていた人も、周囲に埋もれて目立たなくなってしまうからだ。英語のコミュニケーション能力のおかけでうわべをつくろってきた人は、英語ができる人ばかりの環境では通用しなくなるだろう。(中略)本当に重要なのはその人の専門知識であり、ノウハウであるということが際立つようになる(p.91)。 

これは重要な指摘である。これは個人のレベルでいわゆる「英語屋」が消えるということばかりではない。逆に、日本語ないし日本法規の障壁に守られた業界、たとえば、マスメディア、建築、金融、等の業界のナンセンスを、内側から照射する力にもなる。

上述の通り、日本企業の英語化について、私は最近まで非常に明確に反対の立場をとってきた。デメリットがメリットを大きく上回る、というのが理由だ。しかし最近考え方を変えた。実は私の勤める(外資系)企業でも、日本法人の国際的存在感のなさは問題視されており、抜本的対策が不可避な状況である。というより、もはや選択肢はない。われわれがこのまま沈んでいくのなら、単にその存在はないものとして扱われるだけの話だ。中国やインドなど、魅力ある成長市場が、優れた人材とビジネス機会を豊富に与えてくれるのだから。

今われわれに求められているのは、荒々しいアイディアで世界をリードしきる力だ。緻密なチームワークは優先順位としてはその次にならざるを得ない。もしそうであるのなら、職場の多様性を大幅に上げ、国際的な主導権争いの場での内弁慶的カルチャーを打破せざるを得ない。この三木谷氏の試みは、単に国際市場云々の目先の利益を求めた判断というより、荒々しい国際リーダーシップへ向けた意識革命の運動と理解すべきだろう。英語化の中で日本の美点を知るというのもおそらく真だろう。三木谷氏の試みを敬意を持って見守りたいと思う。

なお、本書は紀伊国屋の電子書籍による購入である。ページ数は手元の iPad 版に依拠する(紙版と同じではないかもしれない)。AmazonがKindleを発売したのが2007年11月である。それから5年近くが経ち、アメリカではすでに電子書籍の売り上げが紙版を上回ったにもかかわらず、いまだに利害関係者の調整がつかない日本の出版業界の後進性を悲しみつつ筆を置く。


たかが英語
  • 三木谷 浩史 (著) 
  • 単行本(ソフトカバー): 194ページ
  • 出版社: 講談社 (2012/6/28)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4062177633
  • ISBN-13: 978-4062177634
  • 発売日: 2012/6/28
  • 商品の寸法: 18.6 x 12.8 x 1.4 cm